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      「蓮華幻相 往生要集」〈未敷蓮華に獄卒〉


村越 襄(むらこし・じょう 1925-1996)

1988(昭和63)年 発色現像方式印画 ミクストメディア・印画紙 1400×900mm
《個人蔵》


村越襄《「蓮華幻相 往生要集」〈未敷蓮華に獄卒〉》1988年
 

オリンピックポスターを中心に、数々の商業ポスター、書籍の装丁、ファッションショーの演出…。アートディレクター、フォトディレクター、デザイナーとしてあらゆる仕事を手掛けてきた村越襄は、晩年「蓮華幻相れんかげんそう」という今まで行ってきた仕事から一転、日本へ古典回帰する作品を制作します。蓮の写真を基に『般若心経』や『往生要集おうじょうようしゅう』といった仏教の経典・経文を取り入れ、箔や墨、アクリルガッシュで描画した一連の作品は、まるで絵巻物を見るように、一つ一つ物語が展開してゆきます。
この作品は、平安中期、天台宗の僧・源信が書いた『往生要集』をモチーフにしています。中央の獄卒(地獄で死者を責める鬼)は聖衆来迎寺(滋賀県)の六道絵ろくどうえなど、さまざまな資料を参考に下絵として描き、それを複写したもので、写真家・鈴木薫の撮った蓮の写真と合成し、印画紙に焼き付けたものです。そのうえから、蓮と獄卒を除くバック全体に金箔を覆い、細部では、獄卒の髪の毛一本一本に箔を貼る緻密な作業がみてとれます。蓮に取り巻く黒い炎は、直接描画されたもので、黒いマットな質感は画面全体を引き締める効果と、墨のぼかしにより、外炎の勢いよく燃える様がうまく表現されています。
つぼみの状態である蓮華は、仏教の世界では未敷蓮華みふれんげと言い、悟りの可能性を内在した状態のことを表しています。この作品の蓮も、その意志を持っているのでしょうか。炎に巻かれ、鬼が跋扈ばっこしながらも、凜として立つ姿に地獄でも極楽でもないこの世の現実をあらわしているかのようです。
村越は「蓮華幻相」の制作にあたり、一つ一つの作業に「祈り」を込めて制作をしたと語っています。
「美しい地球への鎮魂歌、そして、奈落の闇に向かって落ちようとしている惑星へのささやかな祈りでもある―」と。
(「蓮華に託す鎮魂歌」『季刊 銀花』1989年、文化出版局)
 この作品は現在開催中の企画展「村越襄 祈りのデザイン:蓮華幻相」(2013年2月24日まで)に展示されています。ちょうど一年が終わり、新しい年を迎えるこの時期に、村越の「祈り」を感じていただきたいと思います。

(美術館 S.T. )

<略歴 >
1925(大正14)年、横浜市に生まれる。洋画と日本画を学び、1945(昭和20)年に出征、終戦を沖縄県宮古島でむかえる。1946(昭和21)年復員後、日本ビクター株式会社(現・株式会社JVCケンウッド)宣伝部の勤務を経て、1951(昭和26)年、株式会社ライトバブリシティ創立に参加。この頃に、茅ヶ崎市東海岸に転居(のち、藤沢市片瀬山に転居)。アートディレクターとして多くのカメラマンとの共同作業を行う。1977(昭和52)年、ライトパブリシティを退社、株式会社村越襄デザイン室を設立。1988(昭和63)年、「蓮花幻想」展(六本木・アクシスギャラリー)と「蓮華幻相」展(銀座・村越画廊)を開催。1996(平成8)年、神奈川県藤沢市で歿。71歳。

■企画展「村越襄 祈りのデザイン:蓮華幻相」
会期:2012年12月9日(日)〜2013年2月24日(日)