今月の1点 Monthly Pickup 2月
 
 

        
                「ミューズの園」


佐々木 壮六 (ささき そうろく) ( 1936‐2000 )作

1983年、油彩・キャンバス、194.0センチ×259.0センチ


 

 黄褐色でまとめられた、滑らかな画面に満ちる穏やかな静寂。その空気に溶け込むかのように、或いは淡く浮き立つかのように、すらりとした立ち姿と優しい微笑みが印象的な一人の裸婦が描かれています。さらに、彼女の周囲にひっそりと集う獣たちの顔ぶれはいかにも多彩で、題目から推測される舞台設定とは少々異なりますが、旧約聖書に登場するノアの方舟をも連想させます。
 本作の制作には、作者が大阪の天王寺動物園と東京の上野動物園で動物たちの美しさに感銘を受けたことが大きく影響したそうです。獅子や豹、獏、駱駝、様々な種類の猿類、鳥類、爬虫類。イソップ寓話で獣と鳥のどちらからも仲間外れにされた、蝙蝠の姿もあります。
 一匹一匹をじっくり見ていくと、なるほど、作者が動物たちの仕草や表情、或いは生命そのものに宿る美を丁寧に観察したのだろうことが窺えます。彼らは裸婦とともに物語性のある構図をとりながら、其の実、幻想的な絵画世界から乖離した日常の姿のまま描かれているようにも見えます。だとすれば、この裸婦には一体どの様な意味や想いが込められているのでしょうか。
 題目にある「ミューズ」はギリシャ神話における「ムーサ」の英語版です。ムーサは、一般的には全能の神ゼウスと記憶を司る女神ムネーモシュネーとの間に生まれた九人の娘たちであると言われます。叙事詩や叙情詩、喜劇や悲劇、歴史、天文、舞踏に歌唱等、それぞれに担当分野を持つ、文芸を司る女神たちです。人間、それも芸術や学問に携わる人生を送る者にとっては、是非とも寵愛を請いたい相手と言えるでしょう。もちろん女神は心の目で見る存在なので実際に会うことは出来ませんが、女神のように魅力的で、表現者に創造の力を与えてくれるような女性になら、現実に巡り会えるかもしれません。そういった相手を比喩的にミューズと呼ぶこともあります。
 ミューズの園。作者が魅了されたという動物たちの美しさに彼女もまた呼び寄せられたのでしょうか。それとも、彼女がその美しさを作者に気付かせてくれたのでしょうか。いずれにせよ、ミューズに相応しい美と品格を以て描出されたこの裸婦の姿は、作者が何事かに美を感じ、さらにそこから新たな美を創造する過程で不可欠な、不可視の力の寓意であるように思われます。
 本作は、企画展「詩情の画家 佐々木壮六」(今月26日まで)での展覧が縁となり、このたび茅ヶ崎市へ寄贈されることになりました。

(美術館 J.K )

< 略歴 >
1936年大阪に生まれる。61年京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)洋画科卒業、教職に就く。70年第14回シェル美術賞展1等受賞。翌年教職を辞し画業に専念、上京のち藤沢に転居(没年まで居住)。77年ユーゴスラビア国際美術展選抜出品、欧州各地を取材旅行。以後ほぼ毎年渡欧。83年第1回上野の森美術館絵画大賞展特別優秀賞受賞。93年フィレンツェ賞展永久顧問となる。97年求龍堂より『佐々木壮六画集』出版。2000年逝去、享年63。