今月の1点 Monthly Pickup 9月
 
 

        
              「 花の傍 花子 」


速水 御舟 (はやみ ぎょしゅう) ( 1894‐1935 )作

1932年、コンテ・紙、76.4センチ×56.0センチ


花の傍 花子
 

 9月11日から始まる「速水御舟展−茅ヶ崎と御舟−」に出品される本館所蔵作品です。
 木炭による肉太の素描は私たちが知っている御舟のイメージから遠いかもしれません。むしろあらあらしい肉付けで骨格をつかもうとする彫刻家の男性的なデッサンを思わせもします。この意志的なつよさはなぜなのでしょう。
 今回の御舟展では欧州旅行帰国後の女性人物画が見どころとなります。この画稿は晩年の代表作《花の傍》のためのもので完成に至る過程を理解するために欠かせない作品です。
 近代日本画史上まれにみる才能を発揮した御舟ですが人物画については評価が分かれます。昭和5〜6年に欧州で過去と同時代の広範な美術作品を体験したことが帰国後の御舟に重要な変化をもたらしますが、それが人物画への再挑戦ということでした。
 《花の傍》の複雑な制作過程には試行錯誤しながら過去と決別し、世界的な視野の中で20世紀の画家として生きようとする御舟の気概を読み解くことができるでしょう。
 ところで今回の御舟展では茅ヶ崎と御舟との知られざる関係を特集いたします。この椅子に坐して手仕事に専念する若い女性は御舟夫人の遠縁にあたる人で、実はその後結婚して茅ヶ崎にやってきます。茅ヶ崎市民の憩いの場として知られる氷室椿庭園の氷室花子夫人がその人です。完成作とさまざまな画稿や下絵をとおして花子夫人を主人公とする物語を読むような面白さを味わっていただけるのではないでしょうか。

(美術館 M.O )

< 略歴 >
1894年東京浅草生まれの日本画家。14歳で松本楓湖の画塾に入門。同門の今村紫紅に兄事、紅児会に参加。1916年以降しばしば茅ヶ崎を訪れ同地に画題を求める。1921年吉田弥と結婚、義理の兄吉田幸三郎は生涯を通し御舟の画業を支えた。1930年〜31年欧州旅行。1932年19回院展に《花の傍》を発表。1934年、大作《婦女群像》に取り掛かるが未完に終わる。1935年病没。近年、平塚市美術館、山種美術館で大規模な回顧展が続いて開催されている。