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 「 東海名所 改正道中記 九 平塚 馬入川の渡し 」


三代 歌川広重 (さんだい うたがわ ひろしげ)
( 1842‐1894 )作


1875[明治8]年、木版(多色)・紙
大判縦一枚
藤沢市教育委員会所蔵


三代 歌川広重《東海名所 改正道中記 九 平塚 馬入川の渡し》
 

保永堂版東海道などの連作で名高い歌川広重の名を継いだ、三代広重の作品です。
1886[明治19]年に馬入橋が架けられるまで、東海道を通行する人々は江戸時代とかわりなく渡し舟を利用しなくてはなりませんでした。この〈馬入(川)の渡し〉は、富士山や大山を望む名所として初代広重の頃から浮世絵などに描かれていました。
江戸から明治に時は移っても、風景にはおおきな変化はありませんでしたが、渡し舟を利用する人々の姿やその持ち物などは時代を反映したうつりかわりがみられました。
この作品では、平塚側の岸を離れた舟に客とともに積み込まれた人力車や、この舟に乗り遅れたのか岸辺に立ち頭に手をやる男性が右手に持っている洋傘などに明治の新時代風俗をみることができます。
また、描かれている内容だけでなく、各所に多用されている紫色や紅色の鮮やかな色彩も、江戸時代の浮世絵との違いをつよくかんじさせます。

※この作品は共催展「藤沢市所蔵 浮世絵展―宿場・江の島・東海道」において、5月14日から31日まで展示します。

(美術館 N.Y )

< 略歴 >
初代歌川広重に師事。はじめ重寅、のち重政を画名とし、ついで広重を襲名する。このとき、初代広重の娘婿で離縁後に重宣の画名に復した二代広重が存在したにもかかわらず、三代広重は二代広重を自称していた。
風景を得意とした師・広重と同様、三代広重も多くの風景画(名所絵)を手がけた。なかでも、幕末から明治維新にかけてが制作時期にあたっていたため、文明開化の事物を描きこんだいわゆる〈開化絵〉にみるべきものがあり、これらは開化期の資料としても貴重とされている。