今月の1点 Monthly Pickup 3月
 
 

                 
             「 三国誌桃園之圖 」


小林 清親 (こばやし きよちか) ( 1847〜1915 )作

1880年、木版(多色)・紙
34.9センチ×71.3センチ


三国誌桃園之圖
 

中国の後漢時代末期に鼎立した魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国の興亡を題材とした時代小説『三国志演義』にあらわれる「桃園の三傑」を描いた作品です。
中央に立つ青衣の人物が、物語の主人公でのちに蜀の皇帝となる劉備玄徳(りゅうびげんとく)、画面左手の長い鬚(ひげ)を蓄えた赤ら顔の大男が関羽(かんう)、そして右手の野性的な風貌の人物が張飛(ちょうひ)です。
彼らは満開の桃園で酒を酌み交わし、劉備を長兄、関羽を次兄、張飛を弟とした義兄弟の契りを神前に結びます。このとき三人は生まれた時はそれぞれ異なっていても同年同月同日に死ぬことを願ったといいます。
その後、武勇にすぐれた関羽と張飛は劉備玄徳の配下で縦横無尽の活躍をし、劉備が蜀の皇帝となることに多大な貢献をしたことは史実でもあります。
浮世絵の流れをくむ小林清親によるこの作品は、人物の装束や調度備品類、また背景の建築物などへの時代考証はほとんどなされていません。しかし、三人の登場人物の性格をその容姿にたくみにあらわしており、この物語を知る人たちはストーリーや逸話を連想しつつ絵に見いったのではないでしょうか。

(美術館 N.Y )

<略歴>
幕臣の子として江戸本所に生まれる。維新後、将軍家を慕い静岡に移住するが1874年上京。絵師・河鍋暁斎(きょうさい)や蒔絵師・柴田是真(ぜしん)らと交遊する。横浜でチャールズ・ワーグマンから油彩画を学ぼうとしたともいわれるが、特定の師にはつかず独学で画技を身につけたとされる。
1876年から西洋画風の表現をとりいれた〈光線画〉と呼ばれる一連の木版画作品で人気を博したが、81年にはその制作をやめる。以降は〈清親ポンチ〉などの諷刺画や戯画をてがけ、晩年はおもに肉筆画の制作をおこなった