今月の1点 Monthly Pickup 2月
 
 

                 
             「 丁髷姿の自画像 」


高橋 由一 (たかはし ゆいち) ( 1828‐1894 )作

1866-67年、油彩・画布、48.0センチ×38.8センチ
笠間日動美術館蔵


《丁髷姿の自画像》
 

 一番よく知っている顔。それはいうまでもなく自分の顔です。しかしそれを自分で絵に描くとなると話は別です。欠点は隠したいし、本物以上によく見せたいという気持ちが無意識のうちに働くかもしれません。あるがままの自分を表現することは案外難しい。いずれにしろ鏡の中の自分を見つめることで今まで知らなかった発見があるにちがいありません。西洋絵画史では自画像を描くことが絵の修業のひとつでしたが、事物を観察するように「自己」を見ることの訓練がその理由にあったのでしょう。しかし日本の絵画史では江戸以前にさかのぼる自画像はほとんどありません。日本における油彩画のパイオニアである高橋由一による40歳頃の自画像といわれるこの作品は、ですから大変貴重です。歴史的証言のひとつだといってもよいでしょう。
 でも浅黒く、肌が油光りしている眼光鋭い男、こんな人物が目の前に現れたらびっくりするでしょう。しかも頭にはチョンマゲを結っています。しかしおそらくこの特異なヘアスタイルこそがこの肖像画の眼目なのです。この数年後、明治政府の洋化政策の一環として男子の断髪令が出されることになります。一つの文化が終わり、新しい文明に向かい国全体の運命が大きく変わり、個人は自分の趣味やこだわりを捨てた出処進退が迫られる。そうした新しい時代を目前にした緊張感、期待や不安、そして去っていく古い時代への惜別の思いのような複雑な感情が作者の胸中に去来していたのではないでしょうか。ただし、この男の像にはそうした複雑な心理が描写されているというよりも、ひたすら目の前にあるものを写そうという執拗な意志の方が強く感じられ、それが不思議な熱気として伝わってきます。そしてこの「写す」という行為が単なる西洋の写実主義の学習ということだけではなく、日本古来のモノづくりにともなう霊的存在を「うつす」(移す)ということにも関係がありそうな気もしてきます。
 ともあれこの作品は単に幕末の一人の男の姿を記録するということにとどまらず、社会、共同体の自画像として、さらには近代の幕開け直前の日本の自画像として見ることもできるのではないでしょうか。

(美術館 M.O )

<略歴 >
下野国佐野藩士の子として江戸に生まれる。初め狩野派を学び、のち幕府の蕃書調所で川上冬崖から西洋画法を学ぶ。さらに来日したチャールズ・ワーグマン、アントニオ・フォンタネージに本格的な油彩画を学ぶ。私塾天絵楼を創立し多くの門弟を育てた。代表作は《鮭》《花魁》(東京藝術大学美術館蔵)など。