今月の1点 Monthly Pickup 11月
 
 

                 
                   「 竹生島 」


麻田 鷹司 (あさだ たかし) ( 1928‐1987 )作

1973年、紙本着色、64.7センチ×49.4センチ
個人蔵


竹生島
 

 今月も引き続き「S氏のコレクション展」(11月9日まで)から日本画の佳品を紹介します。
 生まれ故郷京都を早くに離れた麻田鷹司にとって幼いころから慣れ親しんだ街と自然を改めて見直すことが、58歳で終わる後半生の重要な画題となりました。しかしこれは単に古来の名勝の地を写すことではありませんでした。 
 ここで碗をふせたようなこんもりとした山は琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶ・しま)です。霊験あらたかな信仰の島として今なお参詣におとずれる人が絶えない場所です。夕闇のせまる人の気配が去った島。太古の自然の中にたたずむ森厳な姿を目の当たりにした画家の緊張が伝わってきます。  
 あらためて見ればこの絵を支配するのは島ではなくその下に縹渺とひろがる水面です。突如おこった風がさざなみを立たせるのでしょうか、神経質な、引っ掻いたような細い線描の処理は得体のしれないものが水面下に潜むことへの画家の直感からくるのかもしれません。
 もうひとつ。京阪神に居住する人々は竹生島ときいてこの島にちなむお謡いのフレーズを思いうかべるに違いありません。謡曲『竹生島』の一節「緑樹影沈んで、魚木に登る気色あり。月海上に浮かんでは、兎も波を奔るか。面白の島の景色や」のことです。この絵では月の代わりに銀箔で控えめな星があらわされていますが、霧が流れる夕闇の湖上に濃い緑の島影が溶けるように沈んでいくさまはこの幽玄な世界そのものではありませんか。
 ちなみに今回の展覧会には茅ヶ崎ゆかりの日本画家、鈴木至夫が描いた《最終便(竹生島)》(2004年)も出品されています。麻田と同世代(1929年生まれ)の画家がとらえた同じ風景にどのような異なった見方がなされているのか、その違いを見るのも一興でしょう。

(美術館 M.O )

< 略歴 >
1928(昭和3)年、日本画家麻田辨自の長男として京都市に生まれる。京都市立美術専門学校(現京都市立芸術大学)日本画科卒業。1961年以降東京に居を移し新制作協会日本画部、創画会を中心に活動し、武蔵野美術大学でも教鞭をとる。1987(昭和62)年病にて逝去。油彩画家麻田浩(1931-1997)は実弟。