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今月の1点 Monthly Pickup 3月

《 春の是政 》 馬渕 聖 ( まぶち・とおる 1920~1994 )

1948(昭和23)年 木版(多色)・紙 縦24.6×横33.4(cm) 《茅ヶ崎市美術館所蔵》

2015_3gatsu_400.jpg 淡い黄色や黄緑色の山、青い空にふわりと浮かぶ白い雲。田畑の先に赤い屋根の民家が見えます。その手前にある木々は、少し奇妙な形を成し、上へ上へと伸びているかのよう。春の息吹を感じさせる、のどかな里山の情景が描かれています。タイトルから東京都府中市の是政地区と思われます。戦後のまだ都市開発の手が入らない自然豊かな風景を馬渕は作品として留めています。
 この作品は、馬渕が28歳、父の経営する太郎吉図案所に勤め、戦争のため中断していた創作活動を再び始めた頃のものです。墨線などで輪郭をつくる主版刷りの方法とは違い、色面だけで構成された表現方法を取り入れており、色を重ねる枚数も少数に抑えることにより、絵の具のもつ透明感と明るさがでています。けれんみのない素朴な雰囲気を感じさせるのは、制作に対して真摯に取り組む馬渕の人柄が現れているからでしょうか。小品ながらその存在感を醸し出しています。
 馬渕の代表作といえば、「石」や「埴輪」「卓上静物」といったシリーズが挙げられます。これらの作品は、本作品である風景をテーマに制作から続くものになります。細かな色の配置や刷りの順番など入念に考えられた下図を元に、何枚もの色版を重ねて刷ったもので、独自に発明した技法―細かくカットした木片ピースを貼り合わせた版で刷ることによって得られるモザイク状の模様が特徴です。馬渕は創作活動を始めた頃から油絵に負けない重厚な木版画を作ることを目標に定め、試行錯誤の末にこの方法へたどり着きました。色面による複雑に分割された画面構成はどこか装飾的で単調なイメージを持ちそうにもなりますが、石や食卓に並ぶ食器、花瓶に生けた花などのごく身近なモチーフに使用し、また埴輪のユーモラスな表情によってどこか親しみやすく温かみが伝わる、調和のとれた作品を多く遺しています。

 ( 美術館 S.T )

<略歴 >

馬渕 聖 (まぶち・とおる) [1920(昭和9)年~1994(平成6)年]
東京市京橋区(現・中央区)に生まれる。父録太郎は木口木版画家。1941(昭和16)年、東京美術学校(現・東京藝術大学)工芸科図案部を卒業。卒業制作「木版による自然物の装飾的表現」が文部省買い上げとなる。戦後、横浜市鶴見区へ転居し(のち神奈川区、藤沢市へ居を移す)、父の経営する太郎吉図案所に勤める。その傍ら創作活動もおこなう。日展、日本版画協会、光風会等多くの公募展に出品。創立から関わった日本版画会では81年会長に就任。1975年茅ヶ崎市芹沢へ転居。国内外において個展を開催し、作品は米国シカゴ美術館、ボストン美術館、英国大英博物館など海外の美術館・博物館にも収蔵されている。

 

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