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《 国 》 井上有一 ( いのうえ・ゆういち 1916~1985 )

1964(昭和39)年 ボンド墨・和紙/パネル貼り 縦120.0×横210.0 (cm) 《茅ヶ崎市美術館所蔵》

2014_12gatsu_400.jpg 坊主頭の半裸の男が大きく広げた紙の上に墨を跳ね散らしながら大筆と格闘している。
 現代書のイメージを広めるのにこれほど役立った写真はないでしょう。世界的な評価がますます高まる井上有一ですが、湘南との深い縁は意外と知られていません。
 有一は昭和21年、前年の東京大空襲で瀕死の経験をした後、両親を伴い茅ヶ崎に移住しました。その後茅ヶ崎市と隣接の寒川町の小中学校で41年間にわたり教職に就きました。ですからこの地ではもっぱら教育者の井上先生であったわけです。さまざまな証言、記録から教職と書のどちらにも命がけで取り組んだ姿が浮かびあがります。
 今回の「井上有一 湘南の墨跡」展では当地に残された足跡、子供たちにはもちろんのこと誰とも分け隔てなく接した井上有一先生の知られざる日常をご紹介しています。
 特異な東アジアの造形美術である書について多くの人がその精神史や哲学を語ります。しかし同時に書は誰もが身に付けたきわめて日常的な技術でもあります。そのような書の学びの底辺をなす教育に井上が半生をかけたのも注目すべき事実です。神聖で、奥深いものであると同時に生きるものの原始的営為としての書。この大きな矛盾の中で格闘するように書き続けたのが井上有一であったように思います。
 今回ご紹介する《国》については幸い制作の経緯が分かります。1964年、有一はドイツ、ヴッペルタールの美術館から個展開催の依頼を受けましたが、15日間で20点ほどが制作された時の一点です。使われたのはカーボンにボンドを接着材としたもの。有一は「安っぽく、薄汚く、平凡」である材料からさりげなく、ただごとでないものの出現を期待したと語っています。またこの時の記録によれば両手に別々の大筆を束ねるようにして書いた二刀流だといっています。なるほど、大樹の幹のような一画一画に二重の痕跡が見えるでしょう。あたかも葛藤する二本の線がひとつにあざなわれていく過程がたどれるようです。
 この年、日本国中に戦後の復興の槌音が響きわたり、首都ではアジアで最初のオリンピックが開催されました。有一はアトリエとした小屋でオリンピックマーチを大音量でかけ、その興奮を思い出しながら足を踏み鳴らしたと言っています。
 それからちょうど半世紀。有一の生命をこえて、震動しながらこの一字はつよいメッセージを発して止みません。眼をこらすと文字の右や上に有一の足裏の跡が二つ三つ。時代の国土を踏みしめた痕跡が今も遺されています。


 (美術館 M.O)

この作品は藤沢市・茅ヶ崎市・寒川町美術展『井上有一 湘南の墨跡』 [会期:2014年12月7日(日)~2015年2月1日(日)]に展示されています。

<略歴 >

井上有一(いのうえ・ゆういち)[1916(大正5)~1985(昭和60)年]
東京下谷に生まれる。画家を志すが書に転じ上田桑鳩に師事。
1945年、勤務していた横川小学校で東京大空襲に遭 遇。1946年、茅ヶ崎町に移住。以後41年間にわたり茅ヶ崎市、寒川町で教職に就く。この間、長谷川三郎(画家・評論家)に師事。1952年、森田子龍 らと「墨人会」を結成。1957年、第4回サンパウロ・ビエンナーレ展に出品。1965年、ドイツ、ヴッペルタール美術館で個展。1975年、寒川町倉見 に自宅を新築、狼屋敷と名付ける。1985年没(69歳)。2000年、「生きた書いた 井上有一展」茅ヶ崎市美術館。

 

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