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《仮定》 臼井恵之輔 ( うすい・けいのすけ 1937~ )

1972(昭和47)年 アクリル・キャンバス 227.3/横181.8(cm) 《個人蔵》

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半世紀前にヒットした怪獣映画「モスラ」のことがなぜか思い出されます。煤煙で覆われた東京の空を舞い飛んだ巨大な蛾。不安定な世界情勢から生まれた不条理の象徴でもありました。1964年の東京五輪開催をきっかけに灰色の高速道路が街の風景をすっかり変えましたが、こっちは地上をのたうつ大蛇だったのかもしれません。近未来の風景と土俗的なエネルギーの混ざり具合が妙にリアルに映った時代。カラーテレビや自家用車など新奇な物質が現実世界に押し寄せるのと同時に、化学物質の汚染による環境問題が起こりました。

こんなせわしない生活が永遠に続くのかもしれない…。誰もが不安と希望の綯(な)い交(ま)ぜになった日常を懸命に生きたのでしたが、当時35歳の臼井が描いたこの絵にはその時代と世界の姿がそのまま転写されているようにもみえます。もしかすると作者も無意識の内に時代の影がこの絵に染み入っているといえるかもしれない。若い画家には生涯の中でその時だけの傑作が描けるという特権があります。この絵はだから霊媒のように画家の身体をとおして降りた時代のイメージそのものとみることもできるでしょう。

丸く切り取られた世界は望遠鏡で眺めた月のようでもあり、顕微鏡を覗き込んだ微生物の世界にも似ていますが、いずれにしろクリアーな薄塗の細密画の世界は最初期の臼井の泥臭い作風から一転しています。ただし時代を批判的に眺める醒めた目も若者の特権。よくみると生きているのか死んでいるのか、口を開けて声にならない声をあげ折り重なるヒト・ヒト・ヒト。記号化し、個性を失った人の群れはこの時代の多くの画家達が描いたイメージでもありました。作者はグレイと透明な色彩の関係を当時の公害汚染と希望の表現と説明しています。

新しく導入された画材、アクリル絵具の技法によるところも大きいのでしょうがゴマ粒ほどの点描で覆われた全体は、たとえるなら音もなく蛾の鱗(りん)粉(ぷん)が降り積もるような夜。内側から発光する仄かな人工の光が照らし出すのはたしかにリアルな都市の風景画。

真ん中の幼虫について考えるならば、古来、変態を繰り返す昆虫が死と再生のシンボルとしてとらえられてきたことを思い出しますし、そうするとこの球形は卵でもあったのだと気が付きます。閉塞感といつか蛹(さなぎ)を食い破り現れる神秘の怪蝶に託された希望。作者は答えてくれないかもしれませんが、どんな姿に再生するのでしょう。

 

( 美術館 M.O ) 

<略歴 >

現在の茅ヶ崎市下寺尾に生まれる。1960(昭和35)年、多摩美術大学美術学部を卒業後、教育の現場にたち、中学校美術の指導をする傍ら、中央の美術公募団体へ出品する。おもな受賞歴は、神奈川県美術展では第13回に美術奨学会賞(78年)、また第23回展(87年)と第31回展(95年)で特選を受賞。現在会員である新制作協会では、第37回展(73年)と第59回展(95年)に新作家賞を受賞。2008(平成20)年より茅ヶ崎美術家協会会長に就任。また個展、グループ展などで作品を発表している。

企画展「臼井恵之輔 ―未来形絵画を―」 会期:2013年12月8日(日)~2014年2月2日(日)

 

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