普段、視覚に頼ることの多い「美術鑑賞」。
目の見えない人、耳の聞こえない人など、様々な障害や特徴を持っている人たちと一緒に「美術鑑賞」を行うというのはどのようなものなのでしょうか。
今回は、「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」の方々を講師に迎えて、視覚や聴覚や身体に障害を持っている人も持っていない人も、みんなで一緒に、「見えること(色、形、大きさなど)」「見えないこと(印象、感想など)」を言葉にして伝え合う、茅ヶ崎市美術館では初めての試みとなる鑑賞ワークショップを行いました。
ワークショップは、2つのグループに分れて自己紹介をすることから始まりました。
「伝えて」「受け取る」
自己紹介が始まると、相手に情報を伝える手段が「ことば=音」に重点がおかれることから、ひとつひとつの言葉すべてが、あますところなく意味を持つことを参加者の方が感じ始めました。
「伝えて」「受け取る」ことに全員が集中することで、グループにまとまりが感じられ始めました。
自己紹介が終わると、展示室での鑑賞です。
「嗅いで」「触って」
最初は、展示室3の作品「ランゲージ」。木で作られた動物に触れると、香りが出てくるオブジェが3つあり、それぞれ違う香りを放つのですが、それが空間上で合わさるとバラの香りが生まれる、という作品です。
まず八角形の薄暗い展示室に入り、グループ全員が部屋の片隅に集まり、部屋の形、大きさ、照明の形、そして何がどこに、どのように置いてあるのか、まずこの空間情報を共有することから始まりました。
この展示室に入った時の第一印象を「教会のような荘厳な感じがする」と一人の参加者が言うと、「えっ?それはどういう状況なの?」と見えない人からの質問が。
「うーん、部屋全体が薄暗くて、展示の台だけに四方からライトが当たっているから、それだけがぼんやり浮かび上がって見えるよ」
「その台は、どういう位置でどういう状況で置いてあるの?」
「この部屋は八角形で、オブジェが乗っているのは三角形の台が7つ組み合わされた木製の台で、部屋の中央に置かれている」
「その7つの台はどういうふうに、置かれているの?」
「えーっと、6つは六角形になるように置かれていて、1つだけ鳥のくちばしみたいに出っ張ってるんですよ」と言葉によるやりとりが。
色、形、大きさは、言葉で伝えることが割と容易ですが、難しいのは、部屋の大きさ、物と物の位置関係であることが分かってきて、参加者が発する言葉にも更に力がこもります。
空間の把握が終わると、次は動物と花のオブジェの鑑賞。
「台に乗っているオブジェたちが6個、触ると音が出るのは動物たち、それに反応して光って香りが出る花のオブジェと交互に置かれている」
「あっこれは、なんの動物だろう?たてがみがある、うま?こっちはぶた?いや、サイだって?それは分からなかったなあ」
木の暖かみのあるオブジェを次々に触り、また香りを楽しみ、みんなでイメージを膨らませていきました。
見たものや感じたことを一つ一つ言葉にして交換することで、通常よりはるかに長い時間をかけて作品を見ることとなり、作品鑑賞はより深いものとなっていきました。
「触って、聴いて」
さて、次の展示室での鑑賞は「ステラノーヴァ」という作品。
距離を取って置かれた台の上に載った円盤形のオブジェが2つ。
手で触れると、微かな振動と共に音が奏でられます。天井には、吊り下げられた6つの箱形のライトのついたスピーカーがあり、オブジェの触る位置に連動して、小さな光を放ちます。
触れることで、振動が伝わるため、みんなで「音を身体で感じる」ことを体験しました。それでは触れることによって起こる「光の連動」と位置関係をどう共有するのか?
見える人は、注意深く言葉を選びながら、見えない人に伝えます。
見えない人は、その情報を聞きながら自身で「触れて」感じたことや疑問に思ったことなどを返し、情報交換をします。
「あっちと、こっちでは、音の大きさや振動の具合が微妙に違っているね」
「うーん、この2つのオブジェはちょうどいい距離をとっているよね。向き合って音を奏でている感じが心地の良い人間同士の距離感みたい」
「うん、これは人がいることで成り立つ作品だねー」
お互いの情報を交換しあった結果、この「ステラノーヴァ」という作品は、「人と人との心地よい距離感」を表現していて、人が触ることで奏でられる音と、光、そしてそこに「人」が存在することで成り立っているのだとみんなで感じることができました。
「見て」
さて、最後の作品は「ひかりのミナモ」
この作品は、天井から吊るされ触れることの出来ない作品。
様々な場所の風景写真から抽出した色を、光で表現した作品です。見上げた先で時間の移り変わりと共に、柔らかく静かにゆっくりと色を変えていく様子を、まずは見える人が見えない人に伝えます。
これまでの2つの作品は、「触れて」「嗅いで」「聴いて」鑑賞できる作品でしたが、この作品は「見る」作品のため、情報は「言葉」に頼ることになりました。
まずは、他の作品と同様に「空間」や「形」の把握から。
「7つの形があるよ。よく見ると1つの三角形が組み合わさってできているみたい」
「頭の上よりうんと高いところに吊られている」
そして、光りの変化や色の違いを語り合う段階になってくると、みんなが自分の記憶にある「色」や「風景」の話しになっていきました。
「きれい」「クリスマスのイルミネーションっぽいけど、あんな風にピカピカはしていない」
「花火みたい?」「うーん、花火みたいにも見える」
「だけど、段々日が落ちていく夕暮れ時の色を早回しで回しているような色合いの変化だよ」
「映像なの?」
「映像ではないけど、色は変化して流れている感じ」「懐かしいような気分にもなる」
「私の目ははっきりとは見えないんだけど、なんだか床面が一部光っているように見える。どうなってるの?」「あ!ほんとだね!床面に光りが反射しているんだ!」
「見ていると落ち着く、ずーっと見ていたくなる空間だよ」などなど。
みんなの言葉のやりとりはしばらく続きました。
言葉で語りつくした後、自然と各々、光が移り変わる空間の中で、静かに耳を傾けるのみとなりました。そして、展示室の感じ方もそれまでとは変わって、なぜだかみんなで星空の下にいるような気分になりました。
一つの感覚だけに頼るのではない「美術鑑賞」。
いくつもの感覚を同時に使いながら感じることは、見る人の記憶や体験を呼び起こしました。そして、鑑賞する手段が違う人達が共に鑑賞し合うことで、今までは見えてこなかったものが見え、感じなかったことを感じることが出来る。
今回の、五感の一つ一つの枠を越えた「美術鑑賞」は、実際に存在しているもの以上のことを、参加者の皆さんが感じられる体験となったように思います。
[スタッフ:N.T]