美術館について

ご挨拶

「あたらしい力を感じつつ」。これは病から回復したベートーヴェンが自筆譜に感謝をこめて書き記した言葉として知られますが、昨年来の感染症から回復した後の世界があたらしい力に充ちていることを願わずにはいられません。

広漠とした世界全体を「自然」と呼べるならばその中に生きる人もウイルスも変幻する自然の一部に違いなく、わが国が長らくこの災禍と共生してきた歴史に思いは及びます。例えば平安初期、各地の山寺に作られた木造の薬師如来像ですが、地域の外からもたらされる疫病を怖れながら、退治するのでなく内に入らぬよう退散させる標識であったことが思い出されます。また風に揺れる柔らかなしめ縄一本がケガレを遮る結界であったのも「うち」と「そと」の関係が完全な分離でないことの「しるし」でした。その見えない力に感応し、穏やかに操作する感受性を現代芸術の手法になぞらえたらどうでしょう。感染症対策として手でモノに触れることが警戒される昨今ですが比喩的に「世界」に触れること、距離の相対化についても考えさせられます。今年度の当館の企画展では様々な手法で「自然」や「世界」に触れ、その結果としての「しるし」を作品とする作家を紹介いたします。

4月、「藤田道子 ほどく前提でむすぶ」展では微細な素材を媒介として光や風など自然の行為に共振するインスタレーションを試みます。しなやかに揺れ動くリボンをたよりに人と世界ないし自然とのつながりが問い直される瞬間を体験していただきたいと思います。

7月、「human nature Dai Fujiwara 人の中にしかない自然 藤原大」展でも同様に、混沌として流動する世界に対しさまざまな実験を試み、結果として未知なるものが明らかになる過程をご覧いただきます。旅人であり言うならば狩猟者(ハンター)でもある藤原は世界中から素材を集め、人と自然の関係、来たるべき社会への視点を先端技術を活用し提言することで知られますが、今回は茅ヶ崎の土地に採集した素材から生まれた作品が注目されるでしょう。

9月、当館では初めての「絵本」をテーマとする展覧会、「ブラチスラバ世界絵本原画展 こんにちは(Ahoj)!チェコとスロバキアの新しい絵本」を開催します。スロバキア共和国の首都ブラチスラバで開催される世界最大規模の絵本原画コンクールの出品作や受賞作品による展覧会ですが、世界に溢れる無限の物語を色と形の言葉で描き表す現代の絵本作家たちの奇想天外な手腕をお楽しみいただきます。

美術館のご利用、観覧にあたっては、引き続き、感染症予防対策へのご協力をよろしくお願いいたします。

2021年4月
茅ヶ崎市美術館 館長 小川稔