美術館について

ご挨拶

シルヴァー・ジュビリーに

25年目の祝いをシルヴァー・ジュビリーというのだそうですが、今春、おかげさまで当館もその記念の年を迎えることとなりました。 茅ヶ崎はその昔、東海道五十三次の宿場、藤沢と平塚のあいだにはさまれて文字通り間宿(あいのしゅく)と呼ばれました。名前の知られた二つのまちのあいだに在って行き交う旅人たちに何かの用を提供した地域であったわけですが、今にいたる当地の個性を幾分物語るようにも思います。
ここで考えたいのは二つのものの「あいだ」への関心です。
昔と今、天と地、町と町、人と人のあいだに潜む普段気づかれないものへの気付き。美術館のしごととしてまず思い至るのは、名付けられないこの領域こそアート本来の力が発揮される場所だということです。

25周年記念の春季展「渉るあいだに佇む−美術館があるということ」では首都から距離を置くこのまちの美術館の在り方を考えなおす機会といたします。明治以降に開かれた当地の近代文化を担った過去の美術家たちの作品に加え、今日の作家たちの多様な試みをご紹介します。彼らの関心は人と自然、人とモノや機械、外側と内側の関係など、二つのもののあいだでかすかに響き、蠢動する存在を視覚化することにあります。

わが国の近代文化は先祖たちが馴染んだ山河や海岸に西洋起源の「自然」の名を与えることに始まりました。文学者国木田独歩はその先駆的役割をはたしたことで知られますが、独歩は活動半ばで病に倒れ、人生の最後を当地の結核療養施設「南湖院」で過ごしました。その縁から夏の企画展として「イギリス風景画と国木田独歩(仮)」展を開催します。西洋美術史においてユニークな位置を占める19世紀の英国風景画ですが美術先進国イタリア、フランドルといった大陸の風景画とのあいだに生まれたといえるかもしれません。

「東京物語」で知られる映画監督小津安二郎の主要な作品が茅ヶ崎の仕事場で生まれたことをご存知でしょうか。制作現場の松竹大船撮影所からほどよい距離にある旅館「茅ヶ崎館」が新作の構想を練り、脚本を書き、付近の海岸でロケをするのに都合良かったのでしょう。当館が建つ高砂緑地辺は仕事の合間に日課とした小津の散歩道でもあったのです。秋の「生誕120年 没後60年 小津安二郎展」は動く芸術「映画」の中で使用された動かない美術作品、小道具などにも着目した企画展です。

2023年4月
茅ヶ崎市美術館 館長 小川稔