ご挨拶
海原に浮かぶ岩礁のように
2026年の春。浜から徒歩15分ほどに立地する当館にも潮風が季節の香りを運びます。
美術館は市民が穏やかな日常を回復する開かれた施設ですが、同時に、特別な感覚を体験する場としての役割があります。今年度、当館で予定する企画展を紹介しましょう。
「牧野邦夫−その魂の召喚」(3月31日〜6月7日)は当市ゆかりの油彩画家・牧野邦夫(1925−1986)の生誕100年を記念する回顧展です。一部の熱烈なファンに支持されたことで知られる牧野ですが近年、突出した個性にますます関心がもたれています。牧野作品はいわば幻視者の物語を絵画化したもの。その舞台に登場する自身や男女の相貌が放つつよい視線から、昭和という時代の光と影を読み解くことができるのではないでしょうか。
「世紀末パリの煌めき」(6月17日〜8月23日)は華やかなベル・エポックを彩ったミュシャ、シェレらのポスター芸術の粋を堪能していただくまたとない機会です。パリの街中に貼り巡らされた時代のスターたちの顔に顔。都市は異文化の坩堝、混在する多様性の価値を広める印刷物の役割がありました。色彩を伴う大衆向けメディアが絵画、彫刻とならぶ近代の芸術作品となった歴史を振り返ります。
2021年当館で開催した藤原大展の広報写真を担当した写真家瀧本幹也さん。茅ヶ崎のアイコンとして全国に知られる相模灘に突き出した烏帽子岩があります。さざ波の中に浮かぶ孤岩礁を空から見下ろした写真は見慣れたイメージを一新させました。気鋭の映像作家は近年、是枝裕和監督の映画作品の撮影も務め、静から動へと表現手法を拡げています。「瀧本幹也 LUNATION:朔望―海から天体を読む」(9月2日〜11月8日)は瀧本の新作展です。カメラは世界の事象を開拓するもう一つの目。見えるものの世界は極微から宇宙にまで広げられます。今回の新作では新月から満月までの月の運行に焦点を当て、天空から地上の海に送られる静かな光のリズムを感じていただきます。
高速、大量の情報が社会を翻弄する時代。大海原の小さな岩礁のように右往左往せず、確固とした立ち位置にいる芸術家の存在に気づいていただきたいと思います。
美術館の一年間。季節ごとに異なる表情をみせる庭園と評判のカフェもあります。どうぞ日常の散歩道として美術館に足をお運び下さい。

2026年4月
茅ヶ崎市美術館 館長 小川稔