文・池田美砂子(フリーライター)/写真・八幡宏
神奈川県が推進する「ともいきアートサポート事業」。その一環として、この秋、茅ヶ崎市美術館は茅ケ崎養護学校中学部の皆さんとともに“音”と“身体”に焦点をあてたワークショップに取り組みました。教室にあふれた様々な“触れる”表現は、映像作家のカメラに収められ、美術館に展示されています。同時開催の「茅ヶ崎寒川地区中学校美術作品展」とあわせ、地域の同年代の多様な表現活動にふれていただく機会となることを目指した本プロジェクト。今回は、茅ケ崎養護学校でのワークショップの様子を二宮在住の写真家・八幡宏さんの写真とともに、茅ヶ崎在住のフリーライター・池田美砂子さんにレポートしていただきました。今回は、その第5弾、映像作家・松永勉さんへのインタビューです。 藤川悠(茅ヶ崎市美術館 学芸員)
*ともいきアートサポート事業とは
神奈川県では、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念に基づいて、障がいの程度や状態にかかわらず、誰でも文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、展示や創作活動支援等を実施しています。事業統括:神奈川県福祉子どもみらい局共生社会推進課
これまでの記事> 第1弾:茅ケ崎養護学校ワークショップレポート 第2弾:教員のみなさんの声 第3弾:アーティスト・インタビュー1
茅ケ崎養護学校でのワークショップで講師をされたダンサー・岡田智代さん。
大きな舞台で活躍する傍ら、台所や畳半畳でもできる“手芸のようなダンス”も踊る岡田さん。ワークショップ前は、「普段は通り過ぎてしまうような小さな感触も楽しんでもらいたい」とおっしゃっていました。
2日間を終えた今、何を感じているのでしょうか。
(プロフィール)
岡田智代
日常に目を向け、生きるように踊るダンサー。幼少から踊り続け、一度は離れるも3児の母となり再びダンスの世界へ。大規模公演や演劇の舞台で活躍する一方で、中高年や親子向けワークショップにも注力。人の仕草や佇まい、交叉などに面白みを感じ、台所や畳半畳でもできる“手芸のようなダンス”も踊り続ける。
何事も起きない時間も、羽目を外すことも、すべてを受け入れたい。
—2日間に渡るワークショップ、いかがでしたでしょうか?
岡田さん:そうですね、肢体不自由教育部門では、こちらからのアプローチが必ずしも反応として返ってくるとは限らないだろうな、と思っていました。でも、本当によ〜く観察していると、表情が変わったり、生徒さんの体が柔らかくゆるんでいったりする感じがしたんです。
それを見ていて、ワークショップって、何かをしなければ、渡さなければ、と思いがちなんですけど、何事も起きていない、何でもない時間を過ごすことに対してワークショップを行う側が勇気を持たなきゃ、と思いました。
—何も起きない時間を過ごす勇気、ですか。
そう。学校の先生は、何かを教える立場でやってらっしゃると思うんですけど、私たちみたいな外の人は、そうならずに、ただあるものを受け取ることがすごく大事な気がして。少し体がゆるんだり表情が変わったら、もうそれがすべてじゃないかな、って思いました。
—作品の力が彼らに変化をもたらせたんですね。知的障害教育部門の子たちも、本当にいきいきと表現していまし—本当に、一人ひとりのペースでゆっくりと変化が見られましたよね。それに対して、知的障害教育部門はとても賑やかな表現が見られました。
もともと知的障害教育部門は肢体不自由教育部門とはだいぶ様子が違うだろうな、とは思っていました。でも私の想定を越えるような感じではなくて、穏やかでしたね。廊下で泣いていた生徒さんが、みんなが楽しそうにしている音を聴いて、教室に入ることができた。あれは音の強さだな、と思いました。ワークショップって、空気ができるといいな、と思うんですよ。その空気をつくるために、音ってすごく作用します。
—音の強さ。岡田さんが行われているワークショップでも、音を活用することはありますか?
いつもは、「このワークのときにこの音楽をかけよう」と、自分で音を用意しておきます。でも今回は、ああやって生徒さんが働きかけたことで音が鳴って、その音で場の空気ができていきましたよね。音に誘われるように、ずっと壁際にいた子が前に出て自分で音を鳴らしたり、恥ずかしさが勝っていた子が好奇心に負けてしまったり、すごく楽しいな、って思いました。
—そうそう、最後にはみなさん素直に喜びを表現していましたよね。
校長先生を引っ張り込んでいた子もいましたよね(笑)。そういうところがワークショップの楽しいところだな、って思いました。
—とても自由な空気に包まれた時間でした。
みんなが興味を持っているのがわかったので、思う存分触ってもらいたいと思いましたし、できる限り制限みたいなものを無くしたいと思いました。順番を待たないで触っちゃってもいいじゃないですか。子どもって、お客さんが来ると羽目を外したり、逆にいい子になったり、普段とは違う顔を見せるでしょ?私はそれ、アリだなと思っているんです。外から入った人が外の風を吹き込んだときがやりやすいんだろうな、って。
—《うつしおみ》も、制限無く、すべての表現を受け入れてくれる作品ですよね。触り方も自由ですし、どんな音もきれいで、誰もがアーティストになれるような懐の深さを感じます。
そうそう、全部の音が鳴っていても不協和音にならない。そういうことがすべてを受け入れるんですよね。
自分自身は器となり、作品と一緒に共鳴したい。
—今回のワークショップは、MATHRAXさんの作品《うつしおみ》とのコラボレーションでしたが、ダンサーという立場でこの作品をどう見られていますか?
MATHRAXさんが、《うつしおみ》のことを「暗闇のなかをひとりで歩いていくイメージ」と表現されていました。それが自分の中ではっきり結びついていなかったんですが、ワークショップの前日に、この作品をつくるきっかけになった盲導犬ユーザーの小倉さんと一緒に美術館から駅まで歩く機会があって。「ここから始まっているんだ」と実感できたのが良かったですね。
その上で、私自身は器になるような気持ちで臨みました。《うつしおみ》も、触れる人の乗り物や器だという感覚が私のなかにあって、私自身も、そういうものを受け入れていく器でありたいという思いがあります。だから、《うつしおみ》を利用して何かをやるのではなく、自分が触ったときの音と空間にフォーカスしたいな、と思っているんですよね。音を鳴らしたときに、自分自身も一緒に共鳴する、みたいな感じで動いていけたらいいな、って。普通のダンスに比べると、削ぎ落とされた動きになると思いますが。
—音と共鳴するダンス、自然体な岡田さんにぴったりのイメージです。展覧会でのパフォーマンスも楽しみです。
そうですね。「暗闇の中を歩く」という作品の意図があって、でもおひさまの下みたいな環境でも受けて立てる《うつしおみ》でしょ。そういういろいろな表情を、私が器となって活かせたらいいな、と思います。
—MATHRAXさんも、《うつしおみ》がいろいろな人に出会って変わっていくのを楽しんでいらっしゃるようです。また岡田さんのパフォーマンスで新しい顔が見られるのでしょうね。展覧会では香りと光が加わりますね。
そうですね。また自分が外から影響されるものが増えるので、楽しみです。それに、MATHRAXさんも、映像作家の松永勉さんも、スタッフのみなさんも、これだけ沢山の人が心をこめて展覧会に向かっているというのは素晴らしいな、って思います。そういったこともまた作品の表情を変えてくるのかな、って。展覧会での出会いが本当に楽しみです。
ダンサー・岡田智代さんのパフォーマンスは、11月22日(日)と12月6日(日)に開催予定です。器となり、作品と共鳴する岡田さん、そしてまた新たな表情をまとった《うつしおみ》に会いに、ぜひ会場へ足を運んでください。そしてあなた自身もぜひ、作品に触れてあなただけの表現を楽しんでみてくださいね。
次回アーティスト・インタビューは、映像作家の松永勉さんにご登場いただきます。どうぞお楽しみに。