イベントレポート
2018年7月26日
マルパ・ワークショップ 茅ヶ崎市美術館マルパ・ワークショップ 茅ヶ崎市美術館「美術館までつづく道」レポート(その4) -聴覚の感覚特性者と歩く道②-

報告者:藤川悠(茅ヶ崎市美術館 学芸員)

前回のブログでもお伝えした通り、昼食のお店探しに随分苦戦したことで、美術館に戻るまでに予想以上に時間がかかってしまいました。
そこで、戻ってからすぐフィールドワークを振り返り、「感情マップ」の作成に取りかかりました。

ステップ2:観察した気付きと感情の動き「感情マップ」に

まずはホワイトボードに縦軸横軸を書きます。
横軸は参加者の「気付き軸」。縦軸は感覚特性者の不快→快への「感情軸」になっています。

■各自の気付き→感覚特性者(西岡さん)の感情の動き
・梅の香りを嗅いだ時→感覚特性者:快
・お店で音楽が流れていることを伝えた時→感覚特性者:快
(理由)音楽が流れていたことは分からないので何とも思わないけれど、その状況を教えてもらえて嬉しかったから
・メニューを取りまとめること→感覚特性者:快
・オーダーする際、iPhoneのメール機能を使うこと→感覚特性者:普通
(理由)便利だけど、打ち込むのが面倒だから
・車が後ろから来る道でなく前からの来る道を選んでいた→感覚特性者:普通
・カフェのメニューに写真がついていたこと→感覚特性者:普通

紹介しきれない程、参加者の気付きはいっぱいでした。
聴覚に関係することも、しないこともまぜこぜですが、
人が道を歩くってこんなにも色々なことが起こっているんだということが分かります。

■共有したい気付き3つ
さて、沢山出てきた参加者の「気付き」の中から、みんなで話し合い、多くの人に共有したい気付きを具体的な事例から、もう少し大きな枠で捉え直していきます。そして、選んだのは以下の3つ。

01.「色・香り・記憶のランドスケープ」
「出発前にみんなで梅の花が咲いているを見て、香りを嗅いだ。帰り道も、ああ戻ってきたという風に香りをみんなで嗅いだ。それは、まるで大きなビルや建物の色やランドマーク的なものを目印にするように、この香りも目印として記憶していたのではないか」という気付きから。

02.「非日常からの連想」
「西岡さんが普段生活している風景の中では、見かけない松の木があり、緑も多く、なんだか非日常な風景が拡がっていて歩くのが楽しかった。そして、松の木の下に立つと良い香りがするような気がして見上げたら、梅を見つけて香りがして楽しかった」という西岡さんの意見から。

ステップ3:共有したい価値を粘土の「形」で表現

今回は、共有したい価値を「言葉」から「形」に置き換えてみることをしました。

■個人ワーク・・・思い思いの形づくりをします。

■グループワーク・・・個人ワークで作ったものを、みんなで1つの形になるよう配置してみます。

ステップ4:共有したい価値を、更にレベルアップするためのアイデアを形に 

そして、みんなで形にした「気付き」や「価値」を、今度は多くの人に伝わるようにとアイデアを形にします。

「香りの道ができるように、踏んだら香りが発せられる靴」「香りがするのはココだよ!と分かるように鳥のくちばしみたいなものを設置する」「歩いた道が光るようなもの」など、様々なアイデアが形として出てきました。

インクルーシブデザインのデザイン手法では、プロットタイプという
もっと具体的なアイデアを発表できるような形にまでグループでもっていくのですが、
今回のプロジェクトではここまでで、プロットタイプはあえて作らないことに決めました。

◇表現者の感想

表現者のお二人にとって、今回のフィールドワークで何を感じ、今後の作品作りにどのように活かしていこうと思ったのか、頭の中のイメージをお聞きしました。

表現者:金箱さんの感想
「記憶の部分については、これまでの個々の経験によって感じ方など違ったのではないかと思う。けれど、匂いや香りはこの場のみんなで共有できたことだし、コミュニケーションの取り方については感覚特性者の特性によって異なっているように思った。この辺りの2つの軸を作品として体験できるようなものにしてみたいなと思います。」

表現者:原田さんの感想
「金箱さんとほぼ同じですが、みんなで体験できた楽しさや喜びを、形にできるツールを作れたら面白いなと思っています。」

学生の視点からはどうだったのか

今回のプロジェクトの特徴の1つとして、湘南工科大学と連携し学生の視点をいれることを意識しています。
社会に出る一歩手前の彼らから見るこのプロジェクトはどんな印象なのでしょうか。今回参加してくれた谷津さんの感想からは、物を作ることは言葉よりうんと人に伝えやすくなるものなのかもしれないということが分かります。

学生:谷津さんの感想
「外から見た感じで、西岡さんが嫌だと感じているだろうと思っていたことが、実は嬉しいことだったということに驚いた。固定概念を捨てる重要さに気づけました。自分は大勢の人の前では緊張してしまい意見を言うことが苦手だけれど、粘土を使って表現した際に普通に話すよりも自分の考えていることを伝えやすかったです。さらに考えを形にして他の方々と合わせることでさらなる発見が見つかったりして一見難しそうだと思いましたが意見を引き出すにはすごくいい方法だと思いました。」

というようにそれぞれの視点からの感想があり、長いような短い一日が終わりました。

振り返りによる課題

初回のフィールドワークを終え、見えてきた課題がいくつか。

・フィールドワークの人数が多過ぎた。
・観察対象者と積極的にコミュニケーションを取り過ぎて、周りの景色を楽しむ余裕がなかった。
・撮影隊の機材が本格的なため、お店には企画の説明をしてから入り撮影する方が良い。

ということで、第1回目の課題は、3月25日に開催される第2回へと活かすこととなりました。


次回、第2回のゲストは、画家の原良介さん。そして、2才の女の子そよちゃんとお母さんの美帆さんです。

〈画像〉全て撮影:香川賢志

茅ヶ崎市美術館「美術館までつづく道」(第1回)~特性:聴覚編~
実施日:2018.2.25 12:30-17:00
会場:茅ヶ崎市美術館とその周辺
参加者:計13名
表現者:金箱淳一(メディアアーティスト)、原田智弘(音空間デザイナー)
感覚特性者:西岡克浩(美術と手話プロジェクト代表/感覚特性・聴覚)、和田みさ(美術と手話プロジェクトメンバー/手話通訳者)、市川節子(美術と手話プロジェクトメンバー/手話通訳者)
コアメンバー:鎌倉丘星(株式会社インクルーシブデザイン・ソリューションズ取締役/感覚特性:視覚・車椅子)、久世祥三(エンジニア/アーティスト/湘南工科大学教員)、坂本茉里子(デザイナー/アーティスト)、藤川悠(茅ヶ崎市美術館学芸員)

リポーター:谷津光輝(湘南工科大学総合デザイン学科 久世研究室3年)、野呂田純一(公財かながわ国際交流財団)、 記録:香川賢志(写真家)、金明哲(映像撮影)

〈企画〉茅ヶ崎市美術館
〈主催〉公益財団法人茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団/公益財団法人かながわ国際交流財団
〈協力〉湘南工科大学総合デザイン学科/(株)インクルーシブデザイン・ソリューションズ
〈関連事業〉MULPA(マルパ):Museum UnLearning Program for All/みんなで“まなびほぐす”美術館―社会を包む教育普及事業―
http://www.kifjp.org/mulpa/