イベントレポート
2020年11月7日
「ふれて すすむ まえへ 展」アーティスト・インタビュー1【MATHRAX(マスラックス)〔久世祥三さん・坂本茉里子さん〕】

文・池田美砂子(フリーライター)/写真・八幡宏

神奈川県が推進する「ともいきアートサポート事業」。その一環として、この秋、茅ヶ崎市美術館は茅ケ崎養護学校中学部の皆さんとともに“音”と“身体”に焦点をあてたワークショップに取り組みました。教室にあふれた様々な“触れる”表現は、映像作家のカメラに収められ、美術館に展示されています。同時開催の「茅ヶ崎寒川地区中学校美術作品展」とあわせ、地域の同年代の多様な表現活動にふれていただく機会となることを目指した本プロジェクト。今回は、茅ケ崎養護学校でのワークショップの様子を二宮在住の写真家・八幡宏さんの写真とともに、茅ヶ崎在住のフリーライター・池田美砂子さんにレポートしていただきました。今回は、その第5弾、映像作家・松永勉さんへのインタビューです。 藤川悠(茅ヶ崎市美術館 学芸員)

*ともいきアートサポート事業とは
神奈川県では、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念に基づいて、障がいの程度や状態にかかわらず、誰でも文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、展示や創作活動支援等を実施しています。事業統括:神奈川県福祉子どもみらい局共生社会推進課


これまでの記事> 第1弾:茅ケ崎養護学校ワークショップレポート 第2弾:教員のみなさんの声

 

《うつしおみ》の制作者であり、岡田智代さんとともに茅ケ崎養護学校でのワークショップを企画・実施したMATHRAX久世祥三さん・坂本茉里子さん。

《うつしおみ》は、視覚障害者と盲導犬が共に、風を切って進む様子から発想された作品とのこと。ワークショップ前、「人と空間と作品が関わって、どんな新しい世界が見えるか楽しみ」と語っていたおふたりに、改めて、いまの想いを聞きました。

(プロフィール)
MATHRAX(マスラックス)〔久世 祥三+坂本 茉里子〕
“人の感覚とデジタル技術と社会”をテーマに活動するアートユニット。電子回路やプログラミングに精通する久世と、社会と自分とのつながりをアートによって表現する坂本。2人が織りなす唯一無二の作品の数々は、人々に新たな感覚を呼び起こしてくれる。

それぞれの「触れる」という表現が溢れた時間

—2日間に渡るワークショップを終えて、いまのお気持ちを聞かせてください。

坂本さん:子どもたち一人ひとりの動きを、作品を通して見られたのがとてもうれしかったです。いろいろな動きといろいろな気持ちといろいろな音が出ていて、みんなもそれにいろいろな反応をしていて。そんな風景を見られたのが良かったですね。

久世さん:最初は控えめでしたが、最後にはみんな自分から触りに来てくれて。片手だったり両手だったり、作品に座っちゃう子もいて、動きが人それぞれですごく面白かったですね。

—何も起きない時間を過ご—知的障害教育部門の子どもたちは、特に積極的でしたね。触りたくて仕方ない、といった感じに見えました。

久世さん:もっとぶつかっちゃったりするかと思ったんですが、みんな優しかったですね。

坂本さん:そうそう、大きい子が小さい子を気遣ってよけてあげたりしていましたよね。「やりたい!」って手を挙げてくれたり、自分の気持ちに素直になれる空気感がだんだんと出てきて、子どもたち自身が、自分のことを信頼している様子が見られました。恥ずかしがっていた子も、最後は校長先生を連れて行くくらいの楽しさを伝えてくれたり。うれしかったですね。

—肢体不自由教育部門の子たちはもっとゆったりとした表現でしたね。

坂本さん:先生に手を持ってもらって触っていって、だんだん音とシンクロしていくような感じで、体が次第に柔らかくなっていったりの動きにも表情がうかがえるようになっていきました。

久世さん:肢体不自由教育部門の子たちのときは、いろいろと考えて準備して、「なんとなくこうなるだろう」と予想していたんですけど、そうはならなくて。知的障害教育部門のときはあまり段取りせずに、様子を見ながら対応するかたちにしました。

—だから彼らも「自由だ」と感じて、表現の幅が広がったのでしょうか。触り方も本当にそれぞれでしたよね。印象に残った動きはありましたか?

久世さん:そうですね、「両手で触ってみて」って先生が促したとき、隣同士を触る子が多かった中で、離れたところを触る子がいて、両手が離れていくような動作をしていたんです。面白かったですね。

坂本さん:女の子がポンポンポン、と順に叩いて、最後に狐のところでふと止まって、サーっと撫でたのが印象的でした。あと、触った後に、同じ調子で黒板にぶつかりに行った男の子がいて、それを真似している子もいて、身体表現として面白かったですね。手だけじゃなくて体全体で表現するということにつながっていったのかな、と。自分が何かにぶつかっても音が鳴るのかな、と思ってくれたのかもしれません。展示でも、私たちの作品に触れた後に、何か他のものに触りながら帰る人が多い、と美術館の方がおっしゃっていました。心の中で音が鳴っているのでしょうか。

—面白いですね。なぜ触りたくなるのでしょう?

坂本さん:感触を思い出しているのかもしれません。自分の中で音を生成しているのかな、と私は思っているんですけど。面白い体験をつくれたのかな、と思います。

心にも作用する、音階と音のグラデーション

—先生方の感想で「音が良かった」とおっしゃる方が多かったのが印象的でした。耳馴染みのいい音だから、楽しみながらも心が落ち着いたんじゃないか、と。

久世さん:音はすべてコンピューターによるプログラミングで波形をつくっています。音階は5つしか使っていないんですけど、5つ同時に鳴らしても不協和音になりにくい音を選んでいるんです。同時に5つ鳴らして、5種類の音がそれぞれ聞き取りやすい。でも、複数の音を鳴らして打ち消し合ってしまう場合は、無意識のうちにわかりにくいことがストレスになる。それが不協和音と呼ばれるものだと思います。でも、《うつしおみ》は5つの音階が程よく離れていて、同時に鳴らしても打ち消し合うことがあまりない。それはつまり人間が「美しい」と感じる音で、子どもたちも、「わかりやすい」、「聞きやすい」と思ってくれたのかな、と思います。

坂本さん:みんなで一緒に触って全部音が混じってもいいハーモニーになっていくというのは、空間全体をつくる上でもよかったかな、と思います。

—そのハーモニーが心にも作用していったのでしょうね。

坂本さん:そうですね、肢体不自由教育部門には寝ちゃった子もいましたしね。自然の音を分解していくと最後に残るサイン波っていうものがあるんですが、《うつしおみ》はそれを素にしてつくっているんです。

久世さん:音の波は「揺れ」なんですけど、その揺れを微細にコントロールすることで音色が変えられます。この方法でオブジェの並ぶ順にちょっとずつ音色が変化するようになっています。音階も音色もグラデーションで変わっていく。そこにもこだわっているんです。

自分の心のままに、自由に楽しんで

—ワークショップの前、「触れる人によって作品が変わる」とおっしゃっていましたよね。今回のワークショップで、また変わった感覚はありますか?

坂本さん:そうですね、今回は岡田智代さんや松永勉さんというアーティストのみなさんとやらせてもらっているので、私たちも作品の新たな顔を見ています。変化していく作品は、私たちの中でも珍しいんですけど、今回はそれがすごく楽しいです。

—美術館へ来館してくださるみなさんへのメッセージをお願いします。

坂本さん:生徒さんたちみたいに、自分の心のままに自由に楽しんでもらえたらうれしいです。

久世さん:自分で触って体験したあとに、違う人が触っているのを見てみてほしいです。こんな触り方があるんだ、って面白いと思うので。

坂本さん:走るような人もいるだろうし、ゆっくりの人もいるでしょうし。岡田智代さんのパフォーマンスを見て真似してもいいと思います。

久世さん:大人の人も子どもの気分になってめちゃくちゃ走ってみたりしてほしいです。ぜひ恥ずかしがらずに。

坂本さん:あと、目をつむって体験して見るのもオススメです。

—目をつむっても怖くないのでしょうか?

坂本さん:それが面白くて、去年の展示のときは、1周目はみんな目を開けて触れて、2周目に「目をつむってみてね」って言うと、自分の1周目に歩いた記憶と対話するみたいに歩いてくれていました。その人ごとに、全然違うものが見えてくるみたいですね。

—香りも新しくなるんですよね。

久世さん:今回は冬にまつわる香りを、花王さんにつくっていただいています。いくつか香りがあるので、触って楽しんでいるうちにそれが変わっていく様子を感じてもらえるといいですね。

坂本さん:音と香りに加えて、光もある一日の変化を表現しています。すべての要素がグラデーションになっているんです。ぜひ自由に楽しんください。

作家がすべてをつくりあげるのではなく、さまざまな人々との出会いとともに変わっていく作品《うつしおみ》。会期中、新たな出会いによってまた新たな表情を見せてくれることでしょう。

次回アーティスト・インタビューは、ダンサーの岡田智代さんにご登場いただきます。どうぞお楽しみに。