イベントレポート
2020年11月6日
「触れる」“静”と“動”〜あらゆる表現が祝福されたとき〜

文・池田美砂子(フリーライター)/写真・八幡宏

神奈川県が推進する「ともいきアートサポート事業」。その一環として、この秋、茅ヶ崎市美術館は茅ケ崎養護学校中学部の皆さんとともに“音”と“身体”に焦点をあてたワークショップに取り組みました。教室にあふれた様々な“触れる”表現は、映像作家のカメラに収められ、美術館に展示されています。同時開催の「茅ヶ崎寒川地区中学校美術作品展」とあわせ、地域の同年代の多様な表現活動にふれていただく機会となることを目指した本プロジェクト。今回は、茅ケ崎養護学校でのワークショップの様子を二宮在住の写真家・八幡宏さんの写真とともに、茅ヶ崎在住のフリーライター・池田美砂子さんにレポートしていただきました。今回は、その第5弾、映像作家・松永勉さんへのインタビューです。 藤川悠(茅ヶ崎市美術館 学芸員)

*ともいきアートサポート事業とは
神奈川県では、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念に基づいて、障がいの程度や状態にかかわらず、誰でも文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、展示や創作活動支援等を実施しています。事業統括:神奈川県福祉子どもみらい局共生社会推進課

「触れる」ということ。それは、何かと関わるということ。
ものに触れ、ひとに触れ、自然に触れ、自分自身にも触れて。
私たちは日々、あらゆるものとの関係性を紡ぎながら生きています。

10月初旬、秋風が心地よく吹き抜ける茅ケ崎養護学校に、1つのアート作品が舞い降りました。一直線に伸びる小路のような台の上に小さな木のオブジェが並ぶ、なんとも愛らしく、それでいて凛とした空気感をまとった《うつしおみ》。その一部が、音楽室に設置されたのです。「触れる」をテーマの1つにした本作と多様な生徒との関わりから、導き出されたものとは―

重なり合う音に誘われるように

この日、音楽室に集合したのは、肢体不自由教育部門の7名の中学生のみなさん。「何が起こるのだろう……」。初めて出会う《うつしおみ》を前に、期待と不安が入り混じった様子の生徒のみなさんに、まずはワークショップの講師である岡田智代さんが「手を叩いてみましょう。音が聴こえますか?」と促しました。パチパチパチ。先生たちに導かれながら手の鳴る音に耳を傾けるみなさん。続いて手渡された和紙のように柔らかな紙を、クシャクシャと丸めて、ビリビリとちぎって。手触りと音を一つずつ丁寧に感じ取っていく様子が印象的です。

「では、作品を触ってみましょうか」。岡田さんの合図で、車椅子のまま《うつしおみ》に近づき、先生のリードでオブジェに触れると、柔らかな音が鳴り、重なり合い、教室中に響き渡りました。心地よい音の共鳴に誘われるように、次第に自ら手を伸ばすようになったみなさん。ある生徒さんは、丸みを帯びたオブジェに触れ、指先から滑らせるように掌の中へ納め、最後には大事そうに握り締めました。その隣では、人差し指が平べったいオブジェの上でトントンとステップを踏んでいたり、柔らかな手が狐をかたどったオブジェをゆっくりと包み込んでいたり。重奏感を増す音の中で、それぞれの「触れる」が豊かに表情を変えていきました。そんな中、細い指で小さなオブジェを撫で続けていた生徒さん、自分が奏でる音に気づいたのか、フッと目線を動かしました。他のみなさんも、時間とともに身体がゆるみ、そのうち表情までも柔らかさをまとっていきました。

ワークショップ後半、岡田さんと《うつしおみ》の制作者MATHRAXの2人がゆったりと和音を奏でると、目を細め、今にも眠ってしまいそうな生徒さんの姿も。最後には自分の頬や掌にも触れ、自分自身の中にある感覚を確かめているようなみなさんの様子を眺めながら、「触れる」という行為一つひとつの美しさ、愛おしさを噛み締めました。

「触れる」が踊り出す

1週間後、今度は知的障害教育部門の中学生9名が《うつしおみ》とご対面。音楽室に入ると、すぐに作品に駆け寄り、指を差し、興味津々といった生徒さんたちの様子が熱気とともに伝わってきます。

岡田さんのナビゲートで、この日は体操からスタート。手指を動かしたり、足で床を鳴らしたり、頬を叩いたり。身体を使って音を出す行為を、歓声を上げて楽しんだ後は、紙を小さくちぎり、ギュギュッと丸めて、思い思いにその感触を味わいました。岡田さんの「音が聴こえる?」という呼びかけに「聴こえますよ」と応答し、MATHRAXの2人と一緒に紙に触れて、生徒と講師の間に安心の関係性が育まれていきます。

そしていよいよ作品へ。「待ってました」と言わんばかりの生徒さんたち、先生の呼びかけで順番に一人ずつ《うつしおみ》へと向かいます。真っ先に手を挙げた生徒さんが、端から端まですべてのオブジェに触れながら軽やかに進むと、駆け上がるような音が響きました。パッと表情を変えたみなさん、次々に作品に歩み寄り、オブジェを順に撫でるように触れていきます。手だけ先に進めて作品に身を委ねるように歩いた生徒さんの次には、滑らかに動かした手を角ばったオブジェで一瞬止め、狐のオブジェを撫でてニッコリした方も。握りこぶしで触れたり、掌のくぼみを押し付けたり、両手を歩かせるように交互にリズムを取ったり。そのうち作品を飛び出し、触れた後にポーズを決めたり、黒板にタッチしたり、ジャンプして喜びを表現したり。「触れる」という表現がどこまでも自由に踊り出しました。

すると突然、廊下で教室に入れずに泣いていた生徒さんが、風のように教室の中へ。波乗りのようにスイスイとオブジェの上で手を滑らせると、また風のように去って行きました。一方、賑やかな教室の隅で1人「いやだ、いやだ」と耳をふさいでいた生徒さんも、「友達と行く?」という先生の言葉に頷き、隣の子の手を取って作品の側へ。一つひとつのオブジェの感触を確かめるように音を奏でると、今度は校長先生を誘いに行き、手を引いて歩きました。岡田さんに手を取ってもらい、ダンスを踊るように触れた生徒さんも。彼らの喜びに満ちた表情は、その場にいた誰もの心に鮮明に焼き付いたことでしょう。

その後もオブジェが並んだ小路には、様々な表情を持つ手と手がお互いを譲り合うように行き交いました。どんなに音が重なり合っても美しく響く《うつしおみ》の包容力があらゆる人を表現者に変え、「触れる」という行為を喜びへと導いていきました。

それぞれの「触れる」が美をまとい、リラックスした“静”の空気に包まれた1日目。「触れる」が踊りだし、喜びあふれる“動”の空間へとつながった2日目。どちらも、一人ひとりの「触れる」という行為が祝福されているかのような、あたたかな時間となりました。