茅ヶ崎市美術館スタッフブログ

美術館の日々のできごとをつづります。

報告者:藤川悠(茅ヶ崎市美術館 学芸員)

視覚の感覚特性者と盲導犬と一緒に歩く道。
小倉さんとリルハちゃんに引っ張られるように風を切り歩いた雨の中でのフィールドワーク。
その中での気付きを美術館のアトリエに戻り、みんなで確認していきます。

ステップ2:感情マップの作成
稲場さんは、歩く道すがら感じとる匂いをすべて記録してくださっていました。
いわゆる嗅覚で感じとる「道しるべ」というのでしょうか。

フィールドワークに出る前は、私たちは雨の湿度の高い環境だとは香りがより一層感じるように思っていたのですが、
稲場さんによると雨の香りに邪魔をされて、なかなか香りを感じとることは難しいようでした。
そのような中でも、視覚感覚特性者の小倉さんを観察した様子の付箋と、稲場さんが捉えた香りを付箋で並べ、
感情マップ上で共有したい価値を探し出していきます。

  

  

  

ステップ3:共有したい気付き(価値)
導き出した共有したい気付きは下記の3つ。

01.風を切って歩くスピード感のある道「グラデーションの道」
住宅が並ぶ道の中は、飲食店からの油の匂い、梅、クチナシ、マグノリアなど花の匂い、民家の匂い、古い建物を壊している工事現場の匂い、珈琲、水たまり、蚊取り線香、草の匂いという風に次々と香りの変化がある道だったことから

02.小倉さんとリルハちゃんが互いに楽しみを倍増させていた十字路「レイヤーな場」
大きな十字路では、風の流れとともに匂いが交差していたことから

03.リルハちゃんが楽しそうに歩いていた緑地のくねくねとした坂道「クリアな道」
海から戻ってきた美術館前の松林の中の道では、松葉についた水滴の様子と澄んだ香りが香ってきたことから

  

ステップ4:共有したい価値を表現に
今回は、共有したい価値を「音」で表わすことにしました。このアイデアはアートディレクターの坂本さんからの提案です。
香りにトップノート、ミドルノート、ラストノートがあるように、音にも同じようにアタック、ディケイ、サスティン、
リリースという4つの性質があることから、香りづくりと音づくりは似ているのではないかと。かなり実験的ではありましたが、
「香り」「言葉」「音」の要素を使って、一日の道のりをみんなで音にして奏でるというワークをしてみました。


画像:音づくりに使った楽器や小瓶や貝など


画像:「クリア」な香りを表現するためにラムネの瓶を活用


画像:「レイヤー」の香りを表現するため民族楽器で雷のような重複する音を二人で表現


画像:「グラデーション」を音で表現


画像:全員の音を順番に録音し重ねて聞いてみるグループワーク

 

◆感想
表現者:稲場さんの感想
「香りは五感の中で最も原始的な感覚の一つだと思います。だから実は感覚の中でも最もパワフルだと思っています。
しかし、自分が嗅いでいる香りを映像のように画面を通してであったり、電話などのようにはるか遠くにいる相手に同じ香りを届けられない、という重たさのようなものも感じていました。
私たちは、香りについてよく言葉にすることはありますが、香りは目に見えないものですし、個人で感覚は違っているので言葉での共通認識をとることは難しいと感じています。
でも今回、音を媒介にしたことでなんだか伝わるということに音と香りの親和性を感じました。
犬は人間よりも鼻が利くので、今回盲導犬リルハちゃんを意識して見ていました。
鼻をよく動かして情報を収集しているところから、我々は視覚に頼りがちなことを改めて今回感じました。」

感覚特性者:小倉さんの感想
「盲導犬のリルハちゃんがみんなと歩くことを楽しがっているのがよく伝わってきました。最後のアートワークで
雷の音がする楽器をつかって香りを表現したことは新鮮でした。ヴィバルディ作曲の途中で雷の音が入る「春」を思い出しました。
今回のフィールドワークでの楽しさや心地よさってどうな風な香りなんだろうって嗅いでみたいなと思いました」

学生:谷津さんの感想
「今までまじまじと観察することがなかった盲導犬の役割や仕草、パートナーとの信頼関係を見られて良かったです。
特にまっすぐな道ではスピードを出せる楽しさがあったり、一度通った道ではリルハちゃんが張り切って導いたり、他に案内する
人がいれば感じ取ってそちらに任せていたりしている発見があり、自身の目の代わり以上の関係なんだなぁと思いました。
感情マップのところではそれぞれ感じた香りが違っていたりしていたけれど、それを音にして表した時 不思議と共感できる
ところが多かったので媒体を変えることによって伝わり方が変わるのに驚きました。
最後に全体を通して皆さんが笑顔で参加していたのを見て発言のしやすさだったり、アイデアを出すのにも楽しむことが大切なのだと感じました」

◆振り返り
小倉さんによると、小倉さんの視界は霧の中にいるような視界だとのこと。
もし、我々が霧の中で歩けといわれたらきっとおそるおそるゆっくりと進むのではないでしょうか。
でも、小倉さんは盲導犬のリルハちゃんがいることで、風を切って歩くことができます。
その風を、雨の中一緒に歩くことで体験できたのはとても新鮮でした。

予想していた海の香りが、風という見えないものによって消され、予想していなかった雨の香りは強く我々を包む。
何か見えないものを感じ続けた不思議なフィールドワークでした。それはどこかミステリー小説の中を彷徨っていたかのような、そんな体験でした。

そして、アトリエでの感情マップとアートワークでは、見えないはずの香りに物の状態を表わす言葉があてられ、
更に音にまで変換され耳へと届くものへとなりました。一緒に歩く道が、風、香り、言葉、音という要素が混ざり合い、
次々と変換されていくとても興味深い回となりました。


〈画像〉全て撮影:香川賢志

 

茅ヶ崎市美術館「美術館までつづく道」(第3回)~視覚感覚特性者と盲導犬と歩く道編~
実施日:2018.6.10 14:00-17:00
会場:茅ヶ崎市美術館から海とその周辺
参加者:計11名(1匹含む)
表現者:稲場香織(調香師)
感覚特性者:小倉慶子(感覚特性:視覚)、リルハ(盲導犬)
コアメンバー:鎌倉丘星(株式会社インクルーシブデザイン・ソリューションズ取締役/感覚特性:視覚・車椅子)、
久世祥三(エンジニア/アーティスト/湘南工科大学教員)、坂本茉里子(デザイナー/アーティスト)、
藤川悠(茅ヶ崎市美術館学芸員)
特別見学:原良介(画家)、町田倫子(付添い)
共催メンバー:野呂田純一((公財)かながわ国際交流財団 副主幹)
記録メンバー:谷津光輝(湘南工科大学総合デザイン学科 久世研究室 学生)
記録・香川賢志(写真家)、金明哲(映像撮影)

〈企画〉茅ヶ崎市美術館
〈主催〉公益財団法人茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団/公益財団法人かながわ国際交流財団
〈協力〉湘南工科大学総合デザイン学科/㈱インクルーシブデザイン・ソリューションズ
〈関連事業〉MULPA(マルパ):Museum UnLearning Program for All/
みんなで“まなびほぐす”美術館―社会を包む教育普及事業―
http://www.kifjp.org/mulpa/

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