今月の1点 Monthly Pickup 7月
 
 

        
 勧進帳かんじんちょう」より二世中村吉右衛門にせいなかむらきちえもん富樫左衛門とがしざえもん


弦屋 光溪(つるや・こうけい 1945〜)

1993(平成5)年 木版(多色)・紙/額装 39.5×26.0cm


弦屋光溪《「勧進帳」より二世中村吉右衛門の富樫左衛門》1993年
 

 1840(天保11)年、当時の歌舞伎界に君臨していた五代目市川海老蔵(七代目市川團十郎)は、能「安宅」をもとにした新作芝居を構想し、歌舞伎狂言作者の三代目並木五瓶に「勧進帳」を書かせました。この「勧進帳」を含めた十八番の歌舞伎狂言は五代目海老蔵自身により市川宗家の家の芸として「歌舞伎十八番(歌舞伎狂言組十八番)」と定められました。
 源平合戦後、兄・源頼朝みなもとのよりともと敵対関係となって平泉の藤原氏をたよってみちのくへと落ちてゆく弟・義経よしつね。これを捕らえるために頼朝の命で各地に新設された関のひとつ加賀国かがのくに(現在の石川県)の安宅関あたかのせきを任されたのが富樫左衛門です。
 富樫の守る安宅関に、義経と武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいらの家来が東大寺再建の寄付集め(勧進)を名目とした山伏に扮してあらわれ、富樫の追及を弁慶の知略でかわして義経たちは無事、関を通行するという展開となります。
 この芝居での富樫の役どころは、弁慶の計略にまんまとはまり義経一行に関を通過されてしまうという単純なものではなく、弁慶と丁々発止ちょうちょうはっしとわたりあい、追い詰め、最後には自らにおよぶとがを覚悟のうえで義経主従を見逃すという、「剛」でありつつ「智」を備え、さらに内に「情」を秘めていなければならない役柄です。したがって主役の弁慶とおなじ重みをもった役であるといえ、そうでなければ芝居に緊張感も感動もうまれません。
 この作品は、1993(平成5)年3月の明治座新装開場杮落こけらおとしで演じられた「勧進帳」に取材したもので、二代目中村吉右衛門は2011(平成23)年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された、現在の歌舞伎界を代表する立役たちやく(成年男性を演じる役者。多くは善人方)です。また、この舞台で弁慶をつとめたのは市川宗家の当主、ことし2月に亡くなった十二代目市川團十郎でした。

 この作品は「夏季収蔵作品展―15年の軌跡―」に展示されます。

(美術館 N.Y )

<略歴 >
1946(昭和21)年、神奈川県高座郡茅ヶ崎町(現・茅ヶ崎市)に生まれる。本名・弦。父・藤川光次、祖父・中澤弘光はともに洋画家。1967(昭和62)年、一年間の修業をしてこの年、染色作家として独立するも約一年後に廃業。1798(昭和53)年、歌舞伎座の舞台に取材した木版画による役者絵を制作し同劇場内で販売することを松竹株式会社専務に嘆願。これが認可され同年9月より販売。画名を弦屋光溪とする。1980(昭和55)年、養清堂画廊にて個展(以降、各所で個展多数)。1981(昭和56)年、平木浮世絵美術館が作品収蔵。翌年、大英博物館が作品収蔵。1985(昭和60)年、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館が作品収蔵。2000(平成12)年、歌舞伎座での役者絵シリーズを終了。全146点。同年、平木浮世絵美術館にて特別展「現代の写楽・弦屋光溪全役者絵展」開催。2001(平成13)年、茅ヶ崎市美術館にて企画展「時代<とき>の浮世絵師―弦屋光溪展」開催。2003(平成15)年、自画像シリーズ「連作・孤独」開始。

■常設展 夏季収蔵作品展―15年の軌跡―
会期:2013年7月21日(日)〜8月31日(土)