今月の1点 Monthly Pickup 4月
 
 

        
                  〈柳糸引御摂〉 


三代目 歌川豊国(さんだいめ うたがわ・とよくに)
(1786−1864)


1853(嘉永6)年 木版(多色)・紙/大判錦絵三枚続 約37.0×75.0cm
《藤間家所蔵》




三代目 歌川豊国〈柳糸引御摂〉1853年
 

絵のなかに画題が書きこまれていないため、演じている名題(演目名)を画題としました。読みは〈やなぎのいとひくやごひいき〉。江戸時代末期の1853(嘉永6)年に江戸・猿若町(現在の東京都台東区浅草6丁目の一部)の河原崎座で上演されたものです。このとき河原崎座でかけられたのは三つの演目で、一番目が〈しらぬひ譚[しらぬいばなし]〉、中幕[なかまく]が〈柳糸引御摂〉、大切[おおぎり]が〈霞色連一群(かすみのいろつれてひとむれ)〉で、2月10日からはじまったこの興行は評判がよく、4月10日まで続けられました。
この公演では上方から下ってきた二代目嵐璃珏[あらし・りかく]にスポットがあてられ、演目の内容を絵本仕立にした絵本番付では〈柳糸引御摂〉を「御目見得所作事」と銘打っています。所作事[しょさごと]とは歌舞伎における舞踊のことですが、このとき演じられた演目は別名「操り三番叟[あやつりさんばそう]」とよばれる踊りです。璃珏扮する主役の三番叟は糸で吊られた操り人形、初代坂東しうかの翁[おきな]と初代坂東竹三郎の千歳[せんざい]はぜんまい仕掛けの人形と、各々が人形の動きをまねた「人形振り」で演じました。
江戸時代の芝居小屋では、毎日の序幕前の早朝に下級の役者が三番叟(揉の段[もみのだん])を舞って舞台を清め、大入を祈願する番立[ばんだち]という儀式がおこなわれていました。現在、美術館で開催中の企画展「藤間家所蔵 文人名主由縁浮世絵[ぶんじんなぬしゆかりのにしきえ]」でも、この作品を浮世絵版画(錦絵)の劈頭[へきとう]に展示しました。
(また、妖術を操りお家再興を図る若菜姫を初代しうかが、若菜姫と敵対する美青年・鳥山秋作に二代目璃珏、初代竹三郎が雪岡冬次郎を演じる〈しらぬひ譚〉を描いた錦絵も展示しています。)

(美術館 N.Y )

<略歴 >
〈三代目 歌川豊国〉
1786(天明6)年、江戸・本所に生まれる。初代歌川豊国に入門し、歌川国貞(初代)を名のる。別号に一雄斎[いちゆうさい]、五渡亭[ごとてい]、香蝶楼[こうちょうろう]など。二代目歌川豊国は豊重を名のっていた養子がこれを継いでいたが、1844(天保15)年、国貞は二代目歌川豊国を自称し、師の別号・一陽斎[いちようさい]を用いた。ために「歌川をうたわしくも名のり得て 二世[にせ]の豊国 偽の豊国」という狂歌がつくられ揶揄[やゆ]された。本来の二代目豊国は1835(天保6)年に歿しているため、ふたりの豊国の並立はなかったが、区別のため元・豊重を本郷豊国、元・国貞を亀戸豊国ともいう。1846(弘化3)年、三代目歌川国政を養子として二代目国貞を継がせ、1862(文久2)年以降は喜翁[きおう]と称した。1864(元治元)年、歿。作画期が長く、のこされた作品数も膨大である。美人や役者など人物画が多い。また、柳亭種彦の『偽紫田舎源氏[にせむらさきいなかげんじ]』の挿絵を手がけ、ここから「源氏絵」の流行が興った。


■茅ヶ崎市美術館開館15年・藤間柳庵歿後130年記念企画展
  「藤間家所蔵 文人名主由縁浮世絵」
会期:2013年4月21日(日)〜6月9日(日)