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                    天国と地獄


水越 茅村 (みずこし ぼうそん) ( 1914‐1985 )作

1975(昭和50)年、墨・紙
67.5×43.8センチ


天国と地獄
 

 天国と地獄。両極端なこの二つの単語は、当然のように良く組み合わせて用いられます。
黒澤明監督の映画「天国と地獄」、或いは、日本では運動会やカステラのコマーシャルのBGMとしてお馴染みの、オペレッタ「地獄のオルフェ(邦題:天国と地獄)」序曲がすぐに思い浮かぶ人もいるかもしれません。
 ただ単純に言葉そのものの意味を考えるのならば、随分と重い選択です。天上の楽園と地底の牢獄。書家・水越茅村は、何故この言葉を作品に選んだのでしょう。
 文字性を強く持つ書を鑑賞する際には、意識的にしろ無意識的にしろ、やはりまずはその字の意味を思うことが多いのではないでしょうか。それを作品全体の持つ雰囲気と照らし合わせ、視覚上の感触を楽しみつつ、更に奥深く探っていく。すると、絵画とはまた違った、書作品ならではの解釈の仕方や想像の広がりが生まれてきます。
 この作品は、書かれた言葉が内包する意味の重さに比して、意外なほど柔らかく穏やかな印象を与えるように思われます。墨の濃淡、筆触、形、全体のバランス。「天国と地獄」という言葉とイメージを切り離せないはずの「死」の概念もあまり感じられません。
 制作にあたって作者が思い浮かべていた「天国と地獄」は、一体どのようなものだったのでしょうか。例えば、それが日常的に存在する小さな「天国と地獄」であったなら、この書の影には生活や人生という単語を見出すことも出来るかもしれません。また或いは、前述の映画や音楽のような、この言葉と関係の深い、何か別の表現作品から想を得た可能性もあります。
 作者の想いを作品から読み取る、そこに絶対的な正解はありません。鑑賞時、作品に関する知識や情報をあえていったん脇へ置いて、自由にさまざまに思いを巡らせてみるのもまた楽しいものです。
 この作品は、常設展「夏季収蔵作品展」(7/24-9/4)にて展示されています。

(美術館 J.K. )

< 略歴 >
現在の茅ヶ崎市高田に生まれる。本名・咲七。神奈川県師範学校(現・横浜国立大学)を経て茅ヶ崎町立(現・市立)鶴嶺小学校に奉職。1937年、高橋竹村に師事。渋谷竹径・星野柳泉と〈竹村門下の三羽烏〉と称される。49年、上田桑鳩に師事。50年、竹村門下による照心書道会創立に同人・理事として参加。51年、桑鳩主宰の奎星会発足に際し第一次会員となる。59年、第2回毎日前衛書展で毎日大賞を受賞。70年、書塾・茅花書芸院を設立。照心書道会会長、同顧問、奎星会副会長、同参与等を歴任する一方、茅ヶ崎市立松浪小学校教頭、同茅ヶ崎小学校教頭、藤沢市立辻堂小学校校長、茅ヶ崎市立鶴嶺小学校校長等を務めた。85年、胃癌のため逝去。2004年、茅ヶ崎市美術館にて企画展「現代書を拓く―水越茅村展」開催。