今月の1点 Monthly Pickup 2月
 
 

        
                   春苑


小茂田 青樹(おもだ せいじゅ) ( 1891‐1933 )作

1933(昭和8)年、紙本金地着色(扇面)
縦17.0×長径54.0×短径24.2センチメートル
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社所蔵


小茂田青樹《春苑》
 

 この作品は、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社が所蔵する、椿をモティーフとする美術作品コレクションのなかの一点です。
美術館では2月20日(日)から3月27日(日)まで、同コレクションから約60点の絵画・工芸作品を選び、企画展「椿、咲く―絵画と工芸―」を開催、本作もそこで展示します。

 小茂田青樹は1908(明治41)年7月に松本楓湖(まつもと・ふうこ 1840〜1923)が主宰する安雅堂画塾にまなびました。その入門の日の午前には、
画塾の近所に住んでいた14歳の蒔田栄一という少年が青樹にさきがけて
同塾に入門していました。この蒔田少年がのちに青樹の生涯の画友となる速水御舟(はやみ・ぎょしゅう 1894〜1935)です。
 入塾後ふたりは年齢の近い塾生たちと団栗会(どんぐりかい)と名づけた勉強会を結成し、博物館見学や郊外写生にはげみました。
 あるとき青樹は御舟に「君の絵は理想化することが強く、君は絵を作りすぎる。桜に花を咲かす。爛漫とした趣のみを君は描こうとする。爛漫の梅にも虫食いもあれば、やに(脂)もあろう」と批判しました。このとき御舟は、〈美〉の対極にある〈醜〉を認識し、たいせつなことは〈真〉をつかむことだと悟らされたと友人のことばに感謝したことを後年書きしるしています。
 この作品、上部左方に斑入りの椿を、右側には花と蕾(つぼみ)をつけた木瓜(ぼけ)の枝を配して絶妙のバランスで構成されています。
背景は金地ですが、輝きをおさえることで春の日ののどかなあたたかさまでもがかんじられます。
 枝や椿の葉、木瓜の花などに〈たらしこみ〉の技法をもちい、金地とあいまって琳派をおもわせる装飾的な作品となっていますが、基本は写実におかれており、椿の葉の虫食いもそのまま描きだされています。

(美術館 N.Y )

< 略歴 >
1891(明治24)年10月30日、埼玉県入間郡川越町(現・川越市)に生まれる。1908(明治41)年、画家をこころざし上京、安雅堂画塾に入門。1913(大正2)年、横浜の生糸貿易商・原富太郎(号・三溪)の援助をうけるようになる。1914(大正3)年、今村紫紅を中心とした日本画研究団体・赤曜会(せきようかい)結成に参加。画号を青樹と改める。翌年、再興日本美術院展覧会(院展)に初入選。1921(大正10)年、日本美術院同人に推挙される。1929(昭和4)年、同年開校の帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)の教授に就任。1932(昭和7)年、結核のため神奈川県三浦郡逗子町(現・逗子市)に転地療養。1933(昭和8)年8月28日、逗子の寄寓先にて逝去。