今月の1点 Monthly Pickup 4月
 
 

                 
             「 アルバラシンの路地 」


三橋 兄弟治 (みつはし いとじ) ( 1911‐1996 )作

1974年、水彩・紙、104.0センチ×91.0センチ


アルバラシンの路地
 

 アルバラシン(Albarracin)はスペイン北東部に位置するアラゴン州南部にあり、日本での知名度はそれほど高くありませんが、古(いにしえ)の風情を残す美しい村として知られています。
 スペインの詩情に満ちた風景に魅せられた画家は、53歳で教職を辞して以降、数ヶ月単位の取材旅行を繰り返しては各地でスケッチを重ねました。著書『画文集 スペインの旅』では、アルバラシンについて「ムーアー人(アラブ民族)の造った極めてティピカルな街で、狭い石畳の、曲りくねった路地の両側に並ぶ古い家々の形も、外灯や窓格子のしゃれた建物のアクセサリーも、極めて絵画的で面白い」と語っています。
 その「絵画的」な洒落たアクセサリーが描き込まれた本作は、この画家にしては珍しく、町なかに入り込んだ構図となっています。迷路のように狭い路地が張り巡らされた古都アルバラシンの一隅。画面には人影はなく、右手奥に見える扉の文字「PANADERIA」はスペイン語で「パン屋」の意ですが、その黒っぽい扉はしっかりと閉ざされています。またわずかに見える空の色は暗く、現代社会とは隔絶された時間に存在しているかのような、この古都の静寂と寂寥感をいや増しています。
 どこか淋しく、どこか乾いた、言うなれば曇天の秋の日のような空気に包まれたスペイン風景を好んで描くこの画家にとっては、人の存在は古い建造物や町並みそのものに染み込んだ歴史の内にあり、表舞台にあってはその空気の邪魔になってしまうのかもしれません。
 この作品は4/4より開催される「常設展〈特集展示〉風景・四季彩々」にて展示されます。また、同じアルバラシンの風景を別の場所から描いた油彩画も出品されます。視点の違い、水彩と油彩という絵画技法の違い、それらに着目して二点を鑑賞してみるのも面白いかもしれません。

(美術館 J.K )

< 略歴 >
1911年、高座郡茅ヶ崎町(現・茅ヶ崎市)に生まれる。30年に神奈川県師範学校を卒業、小学校教師となるが翌年退職、絵の勉強に励む。37年、一度は断念した教師の職に戻り、画業との両立を図る。50年代から60年代にかけて試行錯誤を重ねた末に、絵の具をそのまま堅い筆で紙面に擦りつける渇筆描法を考案。64年に教職を退き、その後たびたびスペインを訪れ、多くの風景画を残した。88年、水彩連盟の初代理事長に就任。制作活動に加え、著書の発行など執筆活動にも精力的に取組む。また茅ヶ崎美術クラブ(現・茅ヶ崎美術家協会)の創立者として、本市の美術文化発展にも力を注いだ。96年逝去。