今月の1点 Monthly Pickup 4月
 
 

        
                   月出づ (小下図)


鈴木 至夫 (すずき のりお) ( 1929‐   )作

1982年、紙本着色、32.5センチ×23.5センチ


鈴木至夫《月出づ》
 

 太陽が沈めば夜の闇が訪れる。そんな当たり前のことを今さらのように実感する停電の夜には、日頃どれだけ光の恩恵に与っていたかを思い知ることになります。
 暗い夜道。慣れ親しんだはずの街は常とは異なる表情を浮かべ、微かに緊張を孕む静寂とともに、先を急ぐ人々の不安や焦燥を煽ります。すれ違う人の顔も闇に紛れてはっきりとはわかりません。
 ただ、光は絶えるわけでなく、オフィスビルの窓から漏れる非常灯の控えめな光や、自動車や自転車の放つ、眩しくもあっけなく過ぎ去っていく光、道行く人々が手にした携帯電話や懐中電灯のちらちらと揺れ動く光など、人が存在するところには何かしら光が存在します。或いは、人が、存在させ続けようとします。それ故にか、そのささやかだったり一瞬だったりする光そのものが、人という存在を象徴しているようにも思えてきます。
 とある夜、飲食店やコンビニエンスストアの店内には、小さな光を囲んで停電後の営業再開を待つ人々の姿がありました。彼らの纏う空気に少なからず穏やかさや温かさが感じられたのは、突然にやってきた非日常を受け入れる強さをそこに見たからかもしれません。何を話しているのだろう、そんな事を考えながらふと見上げた空には、春の月がかかっていました。世界を照らす、ぼんやりとした優しい月の光。自然界の光は、人の手によって生まれた光とはまた別の安堵感を与えてくれます。
 闇が濃ければそれだけ光の輝きは増す。灯台の光が漆黒の夜の海の希望であるように、そして冷たい雪に白く覆われた道が、月の光で美しく夜闇に浮かび上がるように。
 日常が非日常に取って代わるのは一瞬でした。これから長い再生の道を辿ることになるこの国で、日常に戻る、或いは日常を維持する努力が必要とされますが、この非日常の時間に感じること、感じたことも、一つ一つ大切にしていけたらと思います。
 最後に、このたびの東日本大震災で被害に合われた方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復興を祈念しております。

※小下図とは、本画制作の為の習作のことです。なお、当館では「月出づ」本画は収蔵しておりません。

(美術館 J.K )

< 略歴 >
現在の茅ヶ崎市幸町に生まれる。茅ヶ崎小学校では浮田克躬(洋画家・故人)、森治郎(茅ヶ崎美術家協会相談役・水彩連盟顧問)と同級だった。1948年、三橋兄弟治らと茅ヶ崎美術家協会の前身・茅ヶ崎美術クラブを結成。54年、東京藝術大学日本画科を卒業、のち前田青邨に師事。日本美術院展覧会(院展)を中心に活動、厳冬の風景を数多く描く。2000年、茅ヶ崎市美術館にて「画業五〇年 鈴木至夫展」開催。現在、日本美術院特待。