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                  洋酒天国


編集発行人 開高 健 (かいこう たけし) ( 1930‐1989 )

1956年4月〜1964年2月(1〜61号)、洋酒天国社発行


洋酒天国
 

 開高健が壽屋(現・サントリー)に入社したのは1954年2月、23歳の時でした。
 入社前からアルバイトとして壽屋の宣伝コピーを書いていた開高は宣伝部意匠課に配属され、小売店向けの企業広報誌「発展」の編集、次いでイラストレーター・柳原良平とコンビを組んだトリスウイスキーの新聞広告の制作等で才能を発揮し、広告人としての地歩を固めていきました。
 1956年、新たに顧客向けのPR誌を作成しようと開高らが企画し、採用され創刊に至ったのが「洋酒天国」です。これは、トリスバーやサントリーバーといったトリスウイスキーを飲ませる大衆酒場で月に一度サービスとして配布されました。開高曰く「コマーシャル色は徹底的に排除し、香水、西洋骨董、随筆、オツマミ、その他、壽屋製品を除く森羅万象にわたって取材し、下部構造から上部構造いっさいにわたらざるはなく、面白くてタメになり、博識とプレイを兼ね、大出版社発行の雑誌の盲点と裏をつくことに全力をあげた」(『やってみなはれ サントリーの70年 T』1969年、サントリー)もので、そのとおり知的な遊び心に溢れた内容は多くの人々を魅了し、当初2万部だった発行部数はやがて20万部に達するまでになりました。「洋酒天国」読者とともにバーとその常連客も増え続け、PR誌の無料配布という投資は壽屋に大きな実りをもたらすことになったのです。
 現在開催中の共催展「開高健とトリスな時代 〜「人間」らしくやりたいナ」(1/16まで)は、開高健生誕80周年を記念して企画された展覧会の一つで、多彩な顔を持つ開高の、とりわけ広告人としての側面に焦点を合わせた展観となっています。
 「洋酒天国」は終刊である61号以外の出品が叶いました(NPO法人開高健記念会及びサントリー蔵)。大変貴重な資料ですので手にとって読むことは出来ませんが、古き良き時代の空気を幾ばくかでも感じていただければと思います。

(美術館 J.K )

< 略歴 >
小説家、コピーライター。1930年、大阪市天王寺区に生まれる。大阪市立大学在学中に谷沢永一主宰の同人誌「えんぴつ」に参加。54年壽屋(現・サントリー)に入社。宣伝部で「洋酒天国」発行やトリスウイスキーの宣伝広告等を担当し、“「人間」らしくやりたいナ” に代表される名キャッチコピーの数々を世に送った。58年『裸の王様』で芥川賞受賞。74年茅ヶ崎市東海岸に移住。89年歿。著書は『輝ける闇』『夏の闇』『玉、砕ける』等多数。ベトナム戦争等に取材したルポルタージュ、釣りやグルメをテーマにしたエッセイ等も人気が高い。現在、邸宅は茅ヶ崎市開高健記念館として一般公開されている。