今月の1点 Monthly Pickup 7月
 
 

        
                 「 かたらう 」


土井 俊泰 (どい としやす) ( 1918‐2012 )作

2008-09年、油彩・キャンバス、130.3センチ×162.2センチ 
個人蔵


かたらう
 

画面上方を埋める、たくさんの顔、顔、顔。それらの多くは正面を向いて微かに笑みらしきものを浮かべていますが、なかには横を向いているもの、正面を向いてはいても微妙に視線を逸らしているものなどがあります。戯画的な、という表現は適正ではないかもしれませんが、それに似た妙味を感じさせる表現の故か、誰が誰とはわからなくても、おそらくは実際にこういう人たちがいたのだろうと思わせられます。
対して、画面下方に集う三人の人物。こちらは少し雰囲気が違い、より写実的表現に近い描かれ方をしています。とは言え、目鼻立ちなど細部にわたってくっきりと描写されているわけではなく、それが却って鑑賞者に解釈の幅を持たせ、それぞれの表情、視線の行方、何を考えているのか等々、さまざまに興味を起こさせます。例えば、画面上方に描かれたたくさんの顔。もしかするとそれらは、三人が交わしているかもしれない会話に出てくる人物たちのものなのかもしれません。画面全体を支配しているのが暖色なのは、その記憶が温かなものだからでしょうか。
さてこの三人には、明確なモデルがいます。三人とも画家で、グラスを傾けている左端の男性は田澤茂、中央の白髪の男性は鶴田猛、そして右端の、ズボンのポケットに手を突っ込んでいるように見える細身の男性が、作者である土井俊泰です。いずれも茅ヶ崎の美術界を牽引してきた人物であり、当館にも彼らの作品が収蔵されています。描く作品も人としての個性もそれぞれでまるで異なりますが、その仲の良さは周囲の人々にも良く知られていました。
昨年秋、鶴田猛はこの世を去りました。三人が楽しげに談笑する光景は、残念なことに、もう見ることができません。けれど画中に留められた三人の姿は、この先もそのままに在り続けます。いえ、例えこの作品が失われるようなことがあったとしても、彼らの過ごしてきた時間は事実として確かに存在し、決して消えることはないのです。
この作品は、現在開催中の共催展「第27回茅ヶ崎美術家協会展」(7/18まで)にて展示されています。

(美術館 J.K )

< 略歴 >
1918年、現在の静岡県伊東市に生まれる。39年応召、41年帰国。50年、菅野圭介に師事。翌年独立展に初入選、以後同展に出品。初めは師の画風に近い風景画を描いていたが、やがて半具象的、抽象的な作風に移っていく。59年、茅ヶ崎市に転居。61年、独立美術協会会員推挙。68年、再び具象に転向し「聖苑」を発表、翌年安井賞候補新人展に出品。77年より90年まで、女子美術短期大学非常勤講師を務める。96年、独立美術協会功労賞受賞。99年、茅ヶ崎市美術館企画展「土井俊泰の画業」開催。現在、茅ヶ崎のアトリエで制作活動を続けている。