今月の1点 Monthly Pickup 9月
 
 

冨嶽三十六景 相州仲原 」


1831(天保2)年前後の刊, 紙・木版・多色刷  所蔵:砂子の里資料館



 北斎の代表作といえば『冨嶽三十六景』、なかでも「神奈川沖浪裏」や「凱風快晴」を想い浮かべるのは、それが教科書によく載るというだけでなく、北斎の革新性を象徴する作品であることからも当然といえる。しかし、『冨嶽三十六景』にはそれ以外にも名品が数多くふくまれ、この作品もそのうちの一点である。季節は秋。稲穂が黄色に色づき、彼方手前に緑の山とその向こうに富士がそびえる。近くの小川には板の八橋(やつはし)がかかり、その上を片手に鍬をもち赤ん坊を背負った農家の女房が渡る。橋下にはシジミ取りの男。そのほか旅の親子や行商人、笈を背負う行者、そして石碑や鳥追いの鳴子もみえる。浮世絵版画は刷りが命といわれるが、この作品は大変貴重な初刷りで、北斎のすぐれた人物描写や画面構成の妙が存分に且つ鮮やかにしめされる。なお、相州仲原(中原)は平塚市中原附近に推定され、町奉行の内藤修理亮清成はそこに家康放鷹の舎宅を建てて、往時は中原御殿と呼ばれたという。
(K・A)



葛飾北斎は1760(宝暦10)年、江戸本所割下水(現、東京都墨田区)に生まれた。4歳で幕府御用達鏡師の中島伊勢の養子となるが、その後実子に家督をゆずり、貸本屋の丁稚や木版彫刻師の徒弟になるなどの苦労を重ねた。1778(安永7)年に勝川春章の門に入って狩野派や西洋画などあらゆる画法を学んだという。翌年20歳のとき「勝川春朗」と号して錦絵を発表し始め、以後独学で自らの画境を深めつつ生涯様々な号を用いた。『冨嶽三十六景』は主版36枚、追加10枚の計46枚からなり、北斎72歳の1832年前後の出版とされる。広重と並び江戸風景版画を大成するとともに、肉筆による美人画や「北斎漫画」等の絵手本を多数手がけ、ドガやモネなどヨーロッパ印象派の画家達にも深い影響を与えた。