今月の1点 Monthly Pickup 7月
 
 

双筆五十三次 平塚 そうひつごじゅうさんつぎ ひらつか
歌川豊国うたがわとよくに (三代)(1786-1864)・ 歌川広重うたがわひろしげ (1797-1858) 作

1854(安政元)年, 大判錦絵  所蔵:町田市立国際版画美術館



 初代歌川豊国(1769〜1825)門下の英才・国貞は、役者絵や美人画に定評があり、浮世絵界きっての売れっ子絵師でした。師の歿後、豊国を襲名し、二世豊国を自称しますが、実際は兄弟子の後をうけての三代目でした。彼は東海道シリーズなどで風景や名所絵の分野で第一人者となっていた歌川広重よりもひとまわり近く若年でしたが、当時の人気は豊国の方が数段うわまわっていました。
 そのため、二人の合作であるこのシリーズも、豊国描く手前の人物が主で、上部(背後)の広重による東海道風景が従というあつかいだったようです。
 とはいえ、さすがは広重、限られたスペースでも手を抜くことはなく、単独での作品に匹敵するほどの技巧をさりげなくちりばめていて、先輩絵師としての矜持(きょうじ)をかんじさせます。
 この作品では、豊国の筆により、一汁三菜(いちじゅうさんさい)を載せた食膳をはこぶ旅籠(はたご)の女中と、お櫃(ひつ)を捧げてしたがう少女の姿が大きく描かれています。
 対する広重は〈馬入川舟渡〉。ここで広重は、手前の草はらや水面、また、遠景に〈ぼかし〉を施し、その手腕の冴(さ)えをみせています。
(Y・N)


< 歌川 豊国(三代) (うたがわ・とよくに 1786〜1864)略歴 >
役者絵・美人画・武者絵の評判が高く、他の追随をゆるさないほどの絶大な人気をあつめた。江戸時代末期の浮世絵界を支え、リードした。

< 歌川 広重 (うたがわ・ひろしげ 1797〜1858)略歴 >
はじめ美人画や役者絵をてがけたが、保永堂を版元として1833年から刊行した「東海道五拾三次」シリーズの成功により、風景画の絵師としての地歩を確立した。

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 この作品は、企画展「北斎・広重の湘南―風景と人物―」展で、8月22日(火)より9月10日(日)まで展示する予定です。