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今月の1点 Monthly Pickup 9月

《 北斎漫画 十二編 ろくろ首・三目の眼鏡 》 葛飾北斎(かつしか・ほくさい 1760~1849)

1834(天保5)年 木版、紙(半紙本) 《浦上満氏蔵》

 

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葛飾北斎が55歳に取り組んだ版本『北斎漫画』は、当初門人や自らの画風を慕う者に与える絵手本としての意味合いが強かった。主に略筆による表現で様々な人物や動植物、建物の描写例を数多く示しており、広く好評を博したのであろう。版元は続編を企画し、結果的に北斎没後の1878(明治11)年、64年の長きにわたり十五編まで刊行されるという浮世絵界でも異例のシリーズとなった。
『北斎漫画』の「漫画」とは「漫然と描いた画」すなわち特に目的もなく、気の向くままに描いた画、という意味であったが、多様な表現を盛り込むことが可能な「漫画」には、自ずと笑いをテーマにした絵画も含まれてくる。後に今泉一瓢、北澤楽天ら現代漫画の草創期の漫画家たちが海外の「cartoon」「comic」の訳語に「漫画」を用いたのは、『北斎漫画』の普及と無縁ではなかろう。その『北斎漫画』のなかでも笑いに特化して人気が高いのが十二編である。
『北斎漫画』は初編が名古屋の版元永楽屋、二編から十編までが江戸の角丸屋が中心になって出版され、十一編から十五編まで再び永楽屋が手がけている。しかし十二編では江戸の名人彫師・江川留吉が起用され、初摺では墨色一色でシャープな彫り跡を残している。北斎お気に入りの江川が関わることは、おそらく北斎の推薦があってのことだと推測できるものの、賃金も並の職人以上にかかるので、どうした風の吹き回しか。十二編刊行の背景には謎が多い。
この作品も江川による彫りの冴えた技術が充分に鑑賞できる。若いろくろ首の首の曲線が絶妙でさすが江川と感心するが、表現はまだ普通である。しかし、お婆さんろくろ首はよく見ると首から腕が生えてキセルを持っている。漫然と描いた結果であろうか。奇妙だが違和感はあまりない。また、蜘蛛の巣柄の着物を着た、見るからに険悪そうな三目の入道に、ご丁寧に三目仕様の眼鏡を勧める眼鏡屋は、したたかなのか抜けているのか、とびきりの営業スマイルで売り口上を述べている。精緻な墨線が生かされた、北斎ならではのユーモアである。

 

この作品は企画展「北斎漫画展 画は伝神の具也」[会期:2016年9月11日(日)~2016年11月6日(日)]に展示されています。

(美術館 T.T)

 

<略歴 >

1760(宝暦10)年、江戸・本所割下水に生まれる。川村氏。通称鉄蔵。幼少の頃より絵を描くのを好み、1778(安永7)年浮世絵師・勝川春章の門人となる。勝川派のみならず狩野派や唐絵、西洋画なども独学、やがて勝川春章から離れると独自の様式で摺物や狂歌絵本、読本挿絵などを手がけ、優れた肉筆画も残した。代表作は『北斎漫画』「冨嶽三十六景」など。90歳という長命に雅号を変えること30回、転居93回にも及び個性的な絵師として知られる。1849(嘉永2)年没。亡くなる直前に「天がもしあと5年長生きさせてくれたら、真正の画工になれるのに」と述べたという。辞世の句「人魂(ひとだま)で 行く気散(きさん)じや 夏野原」(※気散じ=気晴らし)

 

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