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今月の1点 Monthly Pickup 4月

《 バラのアーチ 》 青山義雄 ( あおやま・よしお 1894~1996 )

1989(昭和64/平成元)年 油彩・キャンバス 縦60.6×横72.7(cm) 《個人蔵》

 

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 1925年、病を得た青山義雄は友人の医師の意見に従い芸術の都・パリから、南仏・カーニュへと居を移します。馴れ合いの画壇づきあいを嫌った青山でしたが、この転居には「都落ち」のような気持ちがあったかもしれません。しかし、翌年、当時ニースに一軒しかなかった画廊に預けていた青山の作品を見たひとりの画家がいました。

「この男は色彩を持っている」と、青山の色彩を称賛したといいます。

 その画家こそ、ピカソとともに20世紀美術を代表する巨匠アンリ・マティス(1869~1954)でした。その後、青山はマティスのもとを訪ね、以降、マティスが亡くなるまで続く交わりがはじまりました。

 この作品に描かれているバラのアーチは、マティスが眠るニース郊外・シミエにあるフランシスコ会修道院の庭の光景です。画面右奥には修道院礼拝堂の尖塔がうっすらと描かれています。
  この庭園からオリーブの木々が林立するアレーヌ・ド・シミエ公園やローマ時代の遺跡を隔てた西側には1895年にイギリスのヴィクトリア女王のために建てられたレジーナがあります。かつてのレジーナ宮殿はホテル、ついで高級アパートとなり、マティスがアトリエを構えていました。その後マティスは遺跡に面した邸宅で最晩年を過ごしましたが、ここは1967年からマティス美術館として公開されています。

  バラのアーチやその周辺は、生涯敬慕し続けた「マティス先生」につながる場所であるだけに、青山にとっては大切なモチーフとなった場所でもあります。

 今を盛りと咲き誇るバラの花々は、偉大な師への思いをこめた献花なのでしょう。

 

この作品は「マティスが認めた日本人画家 ―歿後20年― 青山義雄展」[会期:2016年4月3日(日)~6月5日(日)]に展示されています。

(美術館 N.Y)

<略歴 >

1894(明治27)年1月10日、現在の横須賀市に生まれる。三重県鳥羽、北海道の根室に転居。日本水彩画会研究所に学ぶが家庭の事情により中断。北海道に戻り肉体労働に従事したのち1921(大正10)年、渡仏。アンリ・マティスに師事し第二次世界大戦前後の時期を除いて南仏を拠点に制作活動を続ける。1986(昭和61)年に帰国し、以降は茅ヶ崎に住み制作。1993(平成5)年、60歳以上の優れた具象画家に贈られる中村彜(つね)賞を受賞。1996(平成8)年10月9日、茅ヶ崎徳洲会病院にて死去。
茅ヶ崎市美術館にて2006(平成18)年に企画展「色彩(いろどり)の詩人 青山義雄展」、2016(同28)年に企画展「マティスが認めた日本人画家 ―歿後20年― 青山義雄展」を開催。

 

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