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《 漁火(津軽海峡) 》 鈴木至夫 ( すずき・のりお 1929~ )

1993(平成5)年 紙本着色 縦171.0×横216.0(cm) 《茅ヶ崎市美術館蔵》

 

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鈴木至夫は1929(昭和4)年、教職を務める父のもと七人兄弟の三男として神奈川県高座郡茅ヶ崎町新町(現在の茅ヶ崎市幸町)に出生した。東京藝術大学日本画科卒業後は神奈川県内や東京都内の美術教師を続ける傍ら、身近な家族などの人物像を描き再興日本美術院展に出品した。 転機が訪れたのは1963年頃、藝大で指導を受け、自身の結婚の仲人もしてくれた日本画家・須田珙中(すだ・きょうちゅう)の「風景を描いてみろ」という助言だった。教員という職務上、長期の休みが取れるのは冬に限られていたため、描く題材は自ずと冬景色が多くなった。冬を描くなら北国を、と特に北海道や東北などを取材し、やがて孤絶感を象徴する灯台に惹かれ、さらに灯台を頼りに暮らす漁村の風景を描くようになった。 《漁火(津軽海峡)》もそうした作品の一つ。函館山から見下ろす海を描いたものであろうか。夏から秋にかけて行われる名物の真イカ漁の漁火が海上に見える。短い夏を謳歌する北国の活気を描いても不思議ではないのだが、鈴木の作品はきわめて静謐で慎ましい。初期作品の人物画について述べた「絵を描くことに、何か人を愛することに通じる、愛を捧げるような気持ちを強く持つ」(北村由雄「氷雪の譜-鈴木至夫の画業五〇年」『画業五〇年 鈴木至夫展』2000年※筆者要約)という気持ちは、恐らくその後の作品群をも貫く不動の制作態度だと思われる。人物の姿が描かれない暗い風景画だが、瞬く明かりを通して日々をひたむきに生きる人々の温もりが感じられる。

 

この作品は「春季収蔵作品展~うたたね~」[会期:2016年2月7日(日)~3月27日(日)]に展示されています。

(美術館 T.T)

<略歴 >

現在の茅ヶ崎市幸町に生まれる。茅ヶ崎小学校では浮田克躬(うきた・かつみ 洋画家・故人)、森治郎(茅ヶ崎美術家協会相談役・水彩連盟顧問)と同級だった。1948年、三橋兄弟治(みつはし・いとじ)らと茅ヶ崎美術家協会の前身・茅ヶ崎美術クラブを結成。54年、東京藝術大学日本画科を卒業、のちに前田青邨に師事。日本美術院展覧会(院展)を中心に活動、厳冬の風景を数多く描く。2000年、茅ヶ崎市美術館にて「画業五〇年 鈴木至夫展」開催。現在、日本美術院特待。 

 

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