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今月の1点 Monthly Pickup 10月

《 北斎漫画 十三編 銚子帆掛岩・相州烏帽子岩 》 葛飾北斎(かつしか・ほくさい 1760~1849)

1849(嘉永2)年 木版、紙(半紙本) 《浦上満氏蔵》

 

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当館で現在開催中の展覧会「北斎漫画展 画は伝神の具也」に展示しているすべての『北斎漫画』は、世界的な北斎漫画のコレクター・浦上満氏の所蔵品である。最も高い質と量を誇ると言われる同氏のコレクションは、47年前から始められ、現在1500冊を超えている。戦後の北斎漫画の研究史をひもとくと、状態が良くまとまった浦上コレクションの存在があったおかげで研究の成果が飛躍的に発展したという経緯がある。その浦上コレクションをコレクター本人の希望により多くの人に見ていただこうと額装し、国内の美術館を巡回したのは1987(昭和62)年のことである。『北斎漫画』全15編から抜粋した200図が基本セットとなり、今回も同じものが展示されている。
展覧会の準備を進めているさなか、館長からある指摘を受けた。200点セット以外の図版に何と烏帽子岩を描いた一図があると言うではないか。急遽浦上氏に連絡を取り、図々しいお願いで恐縮しながらもわがままを言って額装していただいたのがこの作品「銚子帆掛岩・相州烏帽子岩」である。『北斎漫画』十三編にある。前後に連なる作品は、風雅な筆致で描かれた全国の名所という共通のテーマを持っている。茅ヶ崎市民にとってシンボルとなる烏帽子岩は姥島とも呼ばれ、烏帽子のように隆起したフォルムが特徴的な岩礁群である。江戸時代には炮術調練場の射撃的とされ、第二次世界大戦後は付近を演習場とした米兵の射撃的となった。ちなみに北斎が描いた烏帽子岩は、現在よりも海に浸かった様子だが、事実、関東大震災前はこのような姿をしていた。現在のように岩礁の多くが露出するのは、震災の影響と言われている。全国各地を旅した北斎は、東海道を上下するついでや江の島を取材する際など烏帽子岩を遠くに見やりながら足を運んだに違いない。
なお、同作品は『北斎漫画』の他の作品に比べて上品で大人しいせいか、浦上コレクションとしてはもちろん、一般の北斎展でもほとんど展示される機会がなかった。
また、上図の「銚子帆掛岩」の場所は調べてもはっきりしなかったが、銚子市観光協会の協力により犬吠埼に面した海岸にそそり立つ岩塊で、現在は立入禁止となっているほか灯台下の遊歩道から見ることが出来ると教えられた。改めて感謝申し上げたい。

(美術館 T.T)

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 参考図版:
関東大震災前の烏帽子岩の様子
(茅ヶ崎市史編纂担当協力)

  この作品は企画展「北斎漫画展 画は伝神の具也」[会期:2016年9月11日(日)~2016年11月6日(日)]に展示されています。

 

<略歴 >

1760(宝暦10)年、江戸・本所割下水に生まれる。川村氏。通称鉄蔵。幼少の頃より絵を描くのを好み、1778(安永7)年浮世絵師・勝川春章の門人となる。勝川派のみならず狩野派や唐絵、西洋画なども独学、やがて勝川春章から離れると独自の様式で摺物や狂歌絵本、読本挿絵などを手がけ、優れた肉筆画も残した。代表作は『北斎漫画』「冨嶽三十六景」など。90歳という長命に雅号を変えること30回、転居93回にも及び個性的な絵師として知られる。1849(嘉永2)年没。亡くなる直前に「天がもしあと5年長生きさせてくれたら、真正の画工になれるのに」と述べたという。辞世の句「人魂(ひとだま)で 行く気散(きさん)じや 夏野原」(※気散じ=気晴らし)

 

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